宮の死を深く悲しんでいたのに心を惹《ひ》かれたものであった。この宮は何という感受性の乏しいお心なのであろうと、こんなことを毎日思い続けていた。夫人は山荘の宮と大将の関係はどうなっていたのであろう、御息所とは始終手紙の往復をしていたようであるがと腑《ふ》に落ちず思って、夕方空にながめ入って物思いをしている良人《おっと》の所へ、若君に短い手紙を持たせてやった。ちょっとした紙の端なのである。

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哀れをもいかに知りてか慰めん在《あ》るや恋しき無きや悲しき

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どちらだか私にはわからないのですから。
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 夕霧は微笑しながら嫉妬《しっと》が夫人にいろいろなことを言わせるものであると思った。御息所を対象にしていたろうとはあまりにも不似合いな忖度《そんたく》であると思ったのである。すぐに返事を書いたが、それは実際問題を避けた無事なものである。

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何《いづ》れとも分きて眺《なが》めん消えかへる露も草葉の上と見ぬ世に

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人生のことがことごとく悲しい。
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 まだこんなふうに隠しだてをされるのであるかと、人生の悲しみはさしおいて夫人は歎《なげ》いた。



底本:「全訳源氏物語 中巻」角川文庫、角川書店
   1971(昭和46)年11月30日改版初版発行
   1994(平成6)年6月15日39版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年1月15日44版を使用しました。
入力:上田英代
校正:柳沢成雄
2003年5月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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