でございます。あの方のためにも、あなた様のためにも、これは世間が騒ぐはずのことですから、どんなに堪えがたい誹謗《ひぼう》の声を忍ばなければならぬかしれませんが、しかしそれはしいて忘れることにいたしましても、あの人の愛情さえ深ければながい月日のうちには見よいことにもなろうかと、私はしいて思おうとするのですが、まったく冷淡な人でございますね」
と言い続けて御息所は泣くのであった。あった事実と独断してこう言うのを、御弁明あそばすこともおできにならない宮が、ただ泣いておいでになる御様子は、おおようで可憐《かれん》なものであった。御息所はじっと宮をながめながら、
「あなたはどこが人より悪いのでしょう。そんなことは絶対にない。何という運命でこうした御不幸な目にばかりおあいになるのだろう」
などと言っているうちに御息所の容体は最悪なものになっていった。物怪《もののけ》などというものもこうした弱り目に暴虐をするものであるから、御息所の呼吸はにわかにとまって、身体《からだ》は冷え入るばかりになった。律師もあわてて願《がん》などを立て、祈祷《きとう》に大声を放っているのである。御仏《みほとけ》に約して、自身の生存する最後の時まで下山せず寺にこもると立てた堅い決心をひるがえして、この人を助けようとする自分の祈祷が効を奏せずに失敗して山へ帰るほど不名誉なことはなくて、その場合には御仏さえも恨むであろうことを言葉にして祈っているのである。宮が泣き惑うておいでになるのもごもっともなことに思われた。
この騒ぎの中で、大将の消息が来たという者の声を、御息所はほのかに聞いてそれでは今夜も来ないのであろうと思った。情けないことである、こうした恥ずかしい名を宮はまたお受けになるのであろう、自分までがなぜ受け入れるふうな手紙などを書いてやったのであろうと悶《もだ》えるうちに御息所の命は終わった。悲しいことである。昔から物怪のためにたびたび大病をしてもうだめなように見えたこともおりおりあったのであるから、また物怪が一時的に絶息をさせたのかもしれぬと僧たちは加持《かじ》に力を入れたのであるが、今度はもう何の望みもなく終焉《しゅうえん》の体《てい》はいちじるしかった。宮はともに死にたいと思召す御様子でじっと母君の遺骸《いがい》に身を寄せておいでになった。女房たちがおそばに来て、
「もういたしかたがございま
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