しかった。小野へ今朝早く消息をしたいと思うのであるが、昨夜の手紙に書かれてあったことをよく見なかったのであるから、それに触れずに手紙を書いては、先方のものをそまつに取り扱って散らせてしまったことが知れてまずいことになると煩悶をしていた。夫婦も子供たちも食事を済ませてのどかになった昼ごろに、大将は思いあまって夫人に言うのであった。
「昨夜のお手紙には何と書いてあったのですか。ばかなことを言ってあなたが見せてくれないものだから、今日もこれからお見舞いをしなければならないのに困ってしまう。私は気分が悪くて今日は六条へも行きたくないから、手紙で言ってあげなければならないのだが、昨日のことがわからないでは不都合だから」
 夕霧の様子はきわめてさりげないものであったから、手紙を隠した自身の所作が、むだなことをしたものであると思うと、急に恥ずかしくなったが、それは言わずに、
「先夜の山風に身体《からだ》を悪くいたしましたからとお言いわけをなさればいいじゃありませんか」
 と言った。
「つまらんことばかり言うのですね。何もおもしろくないじゃありませんか。私が世間並みの男のように言われるのを聞くとかえってきまりが悪くなりますよ。女房たちなども不思議な堅い男を疑うあなたを笑うだろうに」
 冗談《じょうだん》にして、また、
「昨夜《ゆうべ》の手紙はどこ」
 と言ったが、なおすぐに取り出そうとは夫人のしないままで、ほかの話などをしてしばらく寝ていたが、そのうちに日が暮れた。蜩《ひぐらし》の声に驚いて目をさました大将は、この時刻に山荘の庭を霧がどんなに深くふさいでいることであろう、情けないことである、今日のうちに昨日の手紙の返事をすら自分は送ることができなかったのであると思って、何でもないふうに硯《すずり》の墨をすりながら、どんなふうに書いて送ったものであろうと歎息《たんそく》をして一所を見つめていた目に敷き畳の奥のほうの少し上がっている所を発見した。試みにそこを上げてみると、昨日の手紙は下にはさまれてあった。うれしくも思われまたばかばかしくも夕霧は思った。微笑をしながら読んでみると、それは苦しい複雑な心を重態の病人が伝えているものであったから、大将の鼓動は急に高くなって、自分がしいて結合を遂げたものとして書かれてあると思うと気の毒で心苦しくて、第二の夜の昨夜に自分の行かなかったことでどんな
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