あろうと考えられるほど似ていると、大将は異母弟を見ながらも、いよいよ院が柏木に対してどう思っておいでになるかを早く知りたくなった。宮がたは自然に気高《けだか》くお見えになるところはあるが、普通のきれいな子供とさまで変わってはおいでにならないのに、若君は貴族の子らしい品格のほかに、何ものにも優越した美の備わっているのを、大将は比べて思いながら、哀れなことである、自分の推測が真実であれば柏木の父の大臣は故人を切に思う心から、柏木の子供であると名のって来る者の出て来ないことに失望して、それだけの形見をすら不幸な親に残してくれなかったと言って泣きこがれているのであるから、知らせないでいるのは罪作りなことになろうと考えられて来るうちにまた、そんなことはありうることではないと否定もされる。ますます不可解な問題であると大将は思った。性質もなつかしく優しい子で、大将に馴染《なじ》んでそばを離れず遊んでいるのもかわいく思われた。
院が対のほうへおいでになったのでお供をして行って大将がお話をかわしているうちに日も暮れかかってきた。昨夜一条の宮をお訪《たず》ねした時のあちらの様子などを大将が語るのを院は微笑して聞いておいでになった。故人に関することが出てくる時には言葉もおはさみになって同情して聞いておいでになるのであったが、
「想夫恋を少しお合わせになったということなどは非常におもしろくて文学的ではあるが、しかし自分の意見として言えば女は異性を知らず知らず興奮させるような結果までを考慮してどこまでも避けねばならぬことだと思うがね、故人への情誼《よしみ》で御親切にし始めたのであれば、君はどこまでもきれいな心でお交際《つきあい》をしなければならないよ。あやまちのないようにね。苦しい結果を引き起こすようなことのないようにするのがどちらのためにもいいことだろうと思う」
と院はお言いになった。大将は心に、このお言葉は承服されない、人をお教えになるのには賢いことを仰せられても、御自身がこの場合に処して御冷静でありうるであろうかと思っていた。
「あやまちなどの起こりようはありません。人生の無常に直面されたかたがたを宗教的な気持ちで慰めて差し上げる義務があるように思いましてお交際《つきあい》を始めたのですから、すぐまたその友情から離れますようなことをしましては、かえって普通の失敗した野心家らしく世間から思われるだろうと考えますから、いつまでも友情は捨てないつもりでおります。想夫恋をお弾《ひ》きになりましたことで御非難のお言葉がございましたが、あちらが進んでなすったことであればそれは決しておもしろい話ではございませんが、私の参ります前から弾いておいでになりました琴を、ただ少しばかり私の想夫恋に合わせてくださいましたのですから、非常にその場の情景にかなってよかったのでございます。どんなこともその女性次第だと思います。御年齢などもきらきらとする若さを少し越えていらっしゃいます方が、好色漢のような態度をお見せするはずもない私に、親しい友情が生じまして、私の願ったことが聞いていただけたというようなことは恥ずかしいこととは思われません。御観察申し上げるところでは非常に女らしい優しい御性質のようです」
こんな話をしていた大将は、かねて願っている機会が到来したように思い、少し院のお座へ近づいて昨夜《ゆうべ》の夢の話をした。ものも言わずに聞いておいでになった院のお心の中にはお思い合わせになることがあった。
「その笛は私の所へ置いておく因縁があるものなのだよ。昔は陽成《ようぜい》院の御物《ぎょぶつ》だったものなのだがね。私の叔父《おじ》のお亡《な》くなりになった式部卿《しきぶきょう》の宮が秘蔵しておいでになったのを、あの衛門督《えもんのかみ》は子供の時から笛がことによくできたものだから、宮のお邸《やしき》で萩《はぎ》の宴のあった時に贈り物としてお与えになったのだ。御婦人がたは深いお考えもなしに君へ贈られたのだろう」
院はこうお言いになるのであった。御心中ではまず手もとへ置こう、死後にもとの持ち主の譲らせたい人は分明であると思召《おぼしめ》された。聡明《そうめい》な大将にはもう想像ができていて、今持ち合わせてもいるのであろうとお思いになるのであった。すべてを察しになった院のお顔色を見てはいっそう大将は打ち出しにくくなるのであるが、ぜひ伺ってみたい気持ちがあって、ただこの瞬間に心へ浮かんできたというようにして、思い出し思い出し申すように言う、
「もう衛門督が終焉《しゅうえん》に近いころでございました。見舞いにまいりました私に、いろいろ遺言をいたしました中に、六条院様に対して深い罪を感じているということを繰り返し繰り返し言ったのでございましたが、ただ御感情を害していると聞きましただけでは、私によくわからないのでしたが、どんなことだったのでございましょう。ただ今もまだよくわからないのでございます」
自分が感じたように大将はあの秘密の全貌《ぜんぼう》を知っているのであると院はお悟りになったのであるが、くわしくお語りになるべきことでもないので、しばらくは突然いぶかしい話を聞くというような御表情を見せておいでになったあとで、
「そんなに死んで行く時にまで人の気にかけるようなことはいつ自分が言ったりしたりしたのだろう。私にもわからない、思い出せないよ。いずれ静かな時を見て君の夢に関する細かな説明はしてあげよう。夢の話を夜はしてならないものだとか、迷信だろうが女の人などは言うものだよ」
と院は言っておいでになって、あの不思議な問題にはあまり触れようとあそばさないのを見て、大将は自分の言い出したということがお気に入らないのではないかと、きまり悪く思ったのである。
底本:「全訳源氏物語 中巻」角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年11月30日改版初版発行
1994(平成6)年6月15日39版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年1月15日44版を使用しました。
入力:上田英代
校正:kumi
2003年10月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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