左大将も第一人者たる将来が約束されている人であったから、式部卿の宮の御孫|女《むすめ》、左大将の長女である姫君を人は重く見ているのである。求婚者がいろいろな人の手を通じて来てすでに多数に及んでいるが、宮はまだだれを婿にと選定されるふうもなかった。かれにその気があればと宮が心でお思いになる衛門督は猫ほどにも心を惹《ひ》かぬのかまったくの知らず顔であった。左大将の前夫人は今も病的な、陰気な暮らしを続けて、若い貴女のために朗らかな雰囲気《ふんいき》を作ろうとする努力もしてくれないために、姫君は寂しがって、人づてに聞く継母《ままはは》の生活ぶりにあこがれを持っていた。こうした明るい娘なのである。
兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は今も御独身で、熱心にお望みになった相手は皆ほかへ取られておしまいになる結果になって、世間体も恥ずかしくお思いになるのであったが、この姫君に興味をお感じになり、縁談をお申し入れになると、式部卿の宮は、
「私はそう信じているのだ。大事に思う娘は宮仕えに出すことを第一として、続いては宮たちと結婚させることがいいとね。普通の官吏と結婚させるのを頼もしいことのように思って親たちが娘の幸福のためにそれを願うのは卑しい態度だ」
とお言いになって、あまり求婚期間の悩みもおさせにならずに御同意になった。兵部卿の宮はこの無造作な決まり方を物足らぬようにもお思いになったが、軽蔑《けいべつ》しがたい相手であったから、ずるずる延ばしで話の解消をお待ちになることもおできにならないで、通って行くようにおなりになった。式部卿の宮はこの婿の宮を大事にあそばすのであった。宮は幾人もの女王《にょおう》をお持ちになって、その宮仕え、結婚の結果によって苦労をされることの多かったのに懲りておいでになるはずであるが、最愛の御孫女のためにまたこうした婿かしずきをお始めになったのである。
「母親は時がたつにしたがって病的な女になるし、父親はそちらの意志には従わない子だと言ってそまつに見ている姫君だからかわいそうでならぬ」
などとお言いになって、新夫婦の居間の装飾まで御自身で手を下してなされたり、またお指図《さしず》をされたりもするのであった。兵部卿の宮はお亡《な》くしになった先夫人をばかり恋しがっておいでになって、その人に似た新婦を得たいと願っておいでになったために、この姫君を、悪くはないが似た所がないと御覧になったせいか、通っておいでになるのにおっくうなふうをお見せになった。式部卿の宮は失望あそばした。病人である母君も気分の常態になっている時にはこの娘の思うようでない結婚を歎《なげ》いて、いよいよ人生をいやなものにきめてしまった。父親の左大将もこの話を聞いて、自分のあやぶんだとおりの結果になったではないか、多情者の宮様であるからと思って、初めから自分が賛成しなかった婿であったから困ったことであると歎いていた。玉鬘《たまかずら》夫人は宮のお情けの薄さを継娘《ままむすめ》の不幸として聞いていながら、自分がもし結婚をしてそうした目にあっていたなら、六条院の人々へも、実父の家族へも不名誉なことになるのであったと思った。そして左大将の妻になった運命を悲しむ気もなくなり、継娘に限りなく同情した。その自分の処女時代にも兵部卿の宮を良人《おっと》にしようとは少しも思わなかった。ただあれだけの情熱を運んでくだすった方が、左大将と平凡な夫婦になってしまったことを軽蔑《けいべつ》しておいでにならないかとそれ以来恥ずかしく思っていたのであると玉鬘夫人は思い、その宮が継娘の婿におなりになって、自分のことをどう聞いておいでになるであろうと思うと晴れがましいような気もするのであった。この夫人からも新婚した姫君の衣裳《いしょう》その他の世話をした。前夫人がどう恨んでいるかというようなことは知らぬふうにして、長男、次男を中にして好意を寄せる尚侍《ないしのかみ》に前夫人は友情をすら覚えているのであるが、式部卿の宮家には大夫人という性質の曲がった人が一人いて、この人は常にだれのことも憎んで、罵言《ばげん》をやめないのである。
「親王がたというものは一人だけの奥さんを大事になさるということで、派手《はで》な生活のできない補いにもなろうというものだのに」
と陰口《かげぐち》をするのが兵部卿の宮のお耳にはいった時、不愉快なことを聞く、自分に最愛の妻があった時代にも他との恋愛の遊戯はやめなかった自分も、こうまではひどい恨み言葉は聞かないでいたとお思いになって、いっそう亡《な》き夫人を恋しく思召《おぼしめ》すことばかりがつのって、自邸で寂しく物思いをしておいでになる日が多かった。そうはいうものの二年もその状態で続いて来た今では、ただそれだけの淡い関係の夫婦として済んで行った。
歳月《としつき》が重
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