姿で歩いているのを見ても、衛門督には恋しい方の猫が思い出されて、
「六条院の姫宮の御殿におりますのはよい猫でございます。珍しい顔でして感じがよろしいのでございます。私はちょっと拝見することができました」
こんなことを申し上げた。東宮は猫が非常にお好きであらせられるために、くわしくお尋ねになった。
「支那《しな》の猫でございまして、こちらの産のものとは変わっておりました。皆同じように思えば同じようなものでございますが、性質の優しい人|馴《な》れた猫と申すものはよろしいものでございます」
こんなふうに宮がお心をお動かしになるようにばかり衛門督は申すのであった。
あとで東宮は淑景舎《しげいしゃ》の方《かた》の手から所望をおさせになったために、女三《にょさん》の宮《みや》から唐猫《からねこ》が献上された。噂《うわさ》されたとおりに美しい猫であると言って、東宮の御殿の人々はかわいがっているのであったが、衛門督は東宮は確かに興味をお持ちになってお取り寄せになりそうであると観察していたことであったから、猫のことを知りたく思って幾日かののちにまた参った。まだ子供であった時から朱雀《すざく》院が特別にお愛しになってお手もとでお使いになった衛門督であって、院が山の寺へおはいりになってからは東宮へもよく伺って敬意を表していた。琴など御教授をしながら、衛門督は、
「お猫がまたたくさんまいりましたね。どれでしょう、私の知人は」
と言いながらその猫を見つけた。非常に愛らしく思われて衛門督は手でなでていた。宮は、
「実際|容貌《きりょう》のよい猫だね。けれど私には馴《な》つかないよ。人見知りをする猫なのだね。しかし、これまで私の飼っている猫だってたいしてこれには劣っていないよ」
とこの猫のことを仰せられた。
「猫は人を好ききらいなどあまりせぬものでございますが、しかし賢い猫にはそんな知恵があるかもしれません」
などと衛門督は申して、また、
「これ以上のがおそばに幾つもいるのでございましたら、これはしばらく私にお預からせください」
こんなお願いをした。心の中では愚かしい行為をするものであるという気もしているのである。
結局|衛門督《えもんのかみ》は望みどおりに女三の宮の猫を得ることができて、夜などもそばへ寝させた。夜が明けると猫を愛撫《あいぶ》するのに時を費やす衛門督であった。人|馴《な》つきの悪い猫も衛門督にはよく馴れて、どうかすると着物の裾《すそ》へまつわりに来たり、身体《からだ》をこの人に寄せて眠りに来たりするようになって、衛門督はこの猫を心からかわいがるようになった。物思いをしながら顔をながめ入っている横で、にょうにょう[#「にょうにょう」に傍点]とかわいい声で鳴くのを撫《な》でながら、愛におごる小さき者よと衛門督はほほえまれた。
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「恋ひわぶる人の形見と手ならせば汝《なれ》よ何とて鳴く音《ね》なるらん
[#ここで字下げ終わり]
これも前生の約束なんだろうか」
顔を見ながらこう言うと、いよいよ猫は愛らしく鳴くのを懐中《ふところ》に入れて衛門督は物思いをしていた。女房などは、
「おかしいことですね。にわかに猫を御|寵愛《ちょうあい》されるではありませんか。ああしたものには無関心だった方がね」
と不審がってささやくのであった。東宮からお取りもどしの仰せがあって、衛門督はお返しをしないのである。お預かりのものを取り込んで自身の友にしていた。
左大将夫人の玉鬘《たまかずら》の尚侍《ないしのかみ》は真実の兄弟に対するよりも右大将に多く兄弟の愛を持っていた。才気のあるはなやかな性質の人で、源大将の訪問を受ける時にも睦《むつ》まじいふうに取り扱って、昔のとおりに親しく語ってくれるため、大将も淑景舎《しげいしゃ》の方が羞恥《しゅうち》を少なくして打ち解けようとする気持ちのないようなのに比べて、風変わりな兄弟愛の満足がこの人から得られるのであった。左大将は月日に添えて玉鬘を重んじていった。もう前夫人は断然離別してしまって尚侍が唯一の夫人であった。この夫人から生まれたのは男の子ばかりであるため、左大将はそれだけを物足らず思い、真木柱《まきばしら》の姫君を引き取って手もとへ置きたがっているのであるが、祖父の式部卿《しきぶきょう》の宮が御同意をあそばさない。
「せめてこの姫君にだけは人から譏《そし》られない結婚を自分がさせてやりたい」
と言っておいでになる。帝《みかど》は御|伯父《おじ》のこの宮に深い御愛情をお持ちになって、宮から奏上されることにお背《そむ》きになることはおできにならないふうであった。もとからはなやかな御生活をしておいでになって、六条院、太政大臣家に続いての権勢の見える所で、世間の信望も得ておいでになった。
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