も想像するにかたくない。
 この院の夫人への大きな愛が御仏《みほとけ》を動かしたのか、これまで少しも現われてこなかった物怪が、小さい子供に憑《のりうつ》って来て、大声を出し始めたのと同時に夫人の呼吸《いき》は通ってきた。院はうれしくも思召され、また不安でならぬようにも思召された。物怪は僧たちにおさえられながら言う、
「皆ここから遠慮をするがよい。院お一人のお耳へ申し上げたいことがある。私の霊を長く法力で苦しめておいでになったのが無情な恨めしいことですから、懲らしめを見せようと思いましたが、さすがに御自身の命も危険なことになるまで悲しまれるのを見ては、今こそ私は物怪であっても、昔の恋が残っているために出て来る私なのですから、あなたの悲しみは見過ごせないで姿を現わしました。私は姿など見せたくなかったのだけれど」
 と物怪は叫んだ。髪を顔に振りかけて泣く様子は、昔一度御覧になった覚えのある物怪であった。その当時と同じ無気味さがお心に湧《わ》いてくるのも恐ろしい前兆のようにお思われになって、その子供の手を院はお捉《とら》えになって、前へおすわらせになり、あさましい姿はできるだけ人に見させまいとお努めになった。
「ほんとうにその人なのか。悪い狐《きつね》などが故人を傷つけるためにでたらめを言ってくることがあるから、確かなことを言うがいい。他人の知らぬことで私にだけ合点のゆくことを何か言ってみるがいい。そうすれば少しは信じてもいい」
 院がこうお言いになると、物怪はほろほろと涙を流しながら、悲しそうに泣いた。

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「わが身こそあらぬさまなれそれながら空おぼれする君は君なり
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 恨めしい、恨めしい」
 と泣き叫びながらもさすがに羞恥《しゅうち》を見せるふうが昔の物怪に違う所もなかった。嘘《うそ》でないことからかえってうとましい気がよけいにして情けなくお思われになるので、ものを多く言わすまいと院はされた。
「中宮《ちゅうぐう》に尽くしてくださいますことはうれしい、ありがたいこととはあの世からも見ておりますが、あの世界の人になっては子の愛というものを以前ほど深くは感じないのですか、恨めしいとお思いしたあなたへの執着だけがこんなふうにもなって残っています。その恨みの中でも、生きていますころにほかの人よりも軽くお扱いになったことよりも、夫婦
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