は別にどこがお悪いというふうにも見えなかった。ただ非常に恥ずかしそうにして、そしてめいっておいでになった。院のお目を避けるようにばかりして、下を向いておいでになるのを、久しく訪《たず》ねなかった自分を恨めしく思っているのであろうと、院のお目にそれが憐《あわ》れにも、いたいたしいようにも映って、紫夫人の容体などをお話しになり、
「もうだめになるのでしょう。最後になって冷淡に思わせてやりたくないと考えるものですから付いていっているのですよ。少女時代から始終そばに置いて世話をした妻ですから、捨てておけない気もして、こんなに幾月もほかのことは放擲《ほうてき》したふうで付ききりで看護もしていますが、またその時期が来ればあなたによく思ってもらえる私になるでしょう」
 などとお言いになるのを、宮は聞いておいでになって、あの罪は気《け》ぶりにもご存じないことを、お気の毒なことのようにも、済まないことのようにもお思いになって、人知れず泣きたい気持ちでおいでになった。
 衛門督の恋はあのことがあって以来、ますますつのるばかりで、はげしい煩悶《はんもん》を日夜していた。賀茂祭りの日などは見物に出る公達《きんだち》がおおぜいで来て誘い出そうとするのであったが、病気であるように見せて寝室を出ずに物思いを続けていた。夫人の女二《にょに》の宮《みや》には敬意を払うふうに見せながらも、打ち解けた良人《おっと》らしい愛は見せないのである。督は夫人の宮のそばでつれづれな時間をつぶしながらも心細く世の中を思っているのであった。童女が持っている葵《あおい》を見て、

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悔《くや》しくもつみをかしける葵《あふひ》草神の許せる挿頭《かざし》ならぬに
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 こんな歌が口ずさまれた。後悔とともに恋の炎はますます立ちぼるようなわけである。町々から聞こえてくる見物車の音も遠い世界のことのように聞きながら、退屈に苦しんでもいるのであった。女二の宮も衛門督《えもんのかみ》の態度の誠意のなさをお感じになって、それは何がどうとはおわかりにならないのであるが、御自尊心が傷つけられているようで、物思わしくばかり思召された。女房などは皆祭りの見物に出て人少なな昼に、寂しそうな表情をあそばして十三|絃《げん》の琴を、なつかしい音に弾《ひ》いておいでになる宮は、さすがに高貴な方らしいお美し
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