の方にはおりおりお目にかかっていますが、聡明《そうめい》で聡明で御自身の感情を少しもお見せにならないのに比べて、だれにも友情を押しつける私をあの方はどう御覧になっていらっしゃるかときまりが悪くてね。しかしとにもかくにも女御は私をいいようにだけ解釈してくださるだろうと思っています」
夫人にとってはねたましく思われた人であった明石《あかし》夫人をさえこんなに寛大な心で見るようになったのも、女御を愛する心の深いからであろうと院はうれしく思召《おぼしめ》した。
「あなたは恨む心もある人だが思いやりもあるから私をそう困らせませんね。たくさんな女の中であなたの真似《まね》のできる人はない。あまりにりっぱ過ぎるわけですね」
微笑して院はこうお言いになる。
夕方になってから、
「宮がよくお弾《ひ》きになったお祝いを言ってあげよう」
と言って、院は寝殿へお出かけになった。自分があるために苦しんでいる人がほかにあることなどは念頭になくて、お若々しく宮は琴の稽古《けいこ》を夢中になってしておいでになった。
「もう琴は休ませておやりなさい。それに先生をよく歓待なさらなければならないでしょう。苦しい骨折りのかいがあって安心してよいできでしたよ」
と院はお言いになって、楽器は押しやって寝ておしまいになった。
対のほうでは寝殿泊まりのこうした晩の習慣《ならわし》で女王《にょおう》は長く起きていて女房たちに小説を読ませて聞いたりしていた。人生を写した小説の中にも多情な男、幾人も恋人を作る人を相手に持って、絶えず煩悶《はんもん》する女が書かれてあっても、しまいには二人だけの落ち着いた生活が営まれることに皆なっているようであるが、自分はどうだろう、晩年になってまで一人の妻にはなれずにいるではないか、院のお言葉のように自分は運命に恵まれているのかもしれぬが、だれも最も堪えがたいこととする苦痛に一生付きまとわれていなければならぬのであろうか、情けないことであるなどと思い続けて、夫人は夜がふけてから寝室へはいったのであるが、夜明け方から病になって、はなはだしく胸が痛んだ。女房が心配して院へ申し上げようと言っているのを、
「そんなことをしては済みませんよ」
と夫人はとめて、非常な苦痛を忍んで朝を待った。発熱までもして夫人の容体は悪いのであるが、院が早くお帰りにならないのをお促しすることもなしにい
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