そばすようなことは恐縮なされるだけではないかと拝察されまして、こちら様の御質素な御計画はかえって御満足になることかと存ぜられます」
 と衛門督《えもんのかみ》が申すと、華奢《かしゃ》を尽くしてお目にかけたという前日の賀宴を女二の宮の関係でしたとは言わずに、父のためにしたと話すのに心の鍛錬のできていることがうかがわれると院は思召された。
「私の所でやらせていただくことはこのとおりに簡単なことであるのを見て、一概に悪く言う人もあるであろうと思っていたが、理解のあるお言葉を聞いて、さすがにとあなたにはいよいよ敬意が払われる。大将は役人としては少しは経験ができたようでも、そうした繊細な観察をすることなどは、得意でもないだろうがいっこうだめですよ。法皇はあらゆる芸術に通じておいでになるが、その中でも最も音楽の御|造詣《ぞうけい》が深いから、それらに遠ざかっておいでになる御出家後といえども院が御覧になるのだと思うと晴れがましいのですよ。あの大将といっしょに、舞い手になる子供へ、心得べきことをよく注意しておいてくれたまえ。専門家の師匠というものは自身の芸には偉くても融通のきかないものだから」
 などとお命じになるなつかしい味のある院の御様子をうれしく拝しながらもまた衛門督は恥ずかしく、きまり悪く思われて、言葉少なにしていて少しも早く御前を立って行きたいと願われる心から、以前のように細かい話しぶりは見せずにいるうち、ようやく願いどおりにここを去るによい時を見つけた。東北の御殿で大将が掛《かか》りになって十分に用意してあった舞い手と楽人の衣装などが、また衛門督の意見によって加えられるものもできた、その道には深く通じている衛門督であったから。今日は試楽の日なのであるが、これだけを見物するのにとどまる夫人たちも多いため、目美しくして見せるのに、賀の当日の舞い人の衣装は、明るい白橡《しろつるばみ》に紅紫の下襲《したがさね》を着るはずであったが、今日は青い色を上に臙脂《えんじ》を重ねさせた。今日の楽人三十人は白襲《しろがさね》であった。南東の釣殿《つりどの》へ続いた廊の室《へや》を奏楽室にして、山の南のほうから舞い人が前庭へ現われて来る間は「仙遊霞《せんゆうか》」という楽が奏されていた。ちらちらと雪が降って、もう隣へ近づいた春を見せて梅の微笑《ほほえ》む枝が見える林泉の趣は感じのよいものであ
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