おりおりはどんな老人になったかとその時その時を見比べに来てください。老人でいながら自由に行動のできない窮屈な身の上ということにともかくもなっているのですから、自分の思うとおりに御訪問などができず、お目にかかる機会の少ないのを残念に思います」
 などと院はお言いになって、身にしむことも、恋しい日のこともお思いにならないのではないのに、玉鬘《たまかずら》がたまたま来ても早く去って行こうとするのを物足らず思召すようであった。玉鬘の尚侍も実父には肉親としての愛は持っているが、院のこまやかだった御愛情に対しては、年月に添って感謝の心が深くなるばかりであった。今日の境遇の得られたのも院の恩恵であると思っていた。
 二月の十幾日に朱雀《すざく》院の女三《にょさん》の宮《みや》は六条院へおはいりになるのであった。六条院でもその準備がされて、若菜の賀に使用された寝殿の西の離れに帳台を立て、そこに属した一二の対の屋、渡殿《わたどの》へかけて女房の部屋《へや》も割り当てた華麗な設けができていた。宮中へはいる人の形式が取られて、朱雀院からもお道具類は運び込まれた。その夜の儀装の列ははなやかなものであった。供奉
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