くおなりになるのであろうが、じっと堪えて脇息《きょうそく》によりかかっておいでになった。延暦寺《えんりゃくじ》の座主《ざす》のほかに戒師を勤める僧が三人参っていて、法服に召し替えられる時、この世と絶縁をあそばされる儀式の時、それは皆悲しいきわみのことであった。すでに恩愛の感情から超越している僧たちでさえとどめがたい涙が流れたのであるから、まして姫宮たち、女御《にょご》、更衣《こうい》、その他院内のあらゆる男女は上から下まで嗚咽《おえつ》の声をたてないでいられるものはない、こうした人間の声は聞いていずに、出家をすればすぐに寺へお移りになるはずの、以前の御計画をお変えになったことを院は残念に思召《おぼしめ》して、皆女三の宮へ引かれる心がこうさせたのであるとかたわらの者へ仰せられた。宮中をはじめとしてお見舞いの使いの多く参ったことは言うまでもない。
六条院は朱雀《すざく》院の御病気が少しおよろしい報《しら》せをお得になって御自身で訪問あそばされた。宮廷から封地《ほうち》をはじめとして太上《だいじょう》天皇と少しも変わりのない御待遇は受けておいでになるのであるが、正式の太上天皇として六条院は少しもおふるまいにならないのである。世人のささげている尊敬の意も信頼の心も並み並みではないのであるが、外出の儀式なども簡単にあそばして、たいそうでない車に召され、お供の高官などは車で従って参った。朱雀院法皇はこの御訪問を非常にお喜びになって、御病苦も忍ぶようにあそばされて御面会になった。形式にはかかわらずに御病室へ六条院の今一つの座をお設けになって招ぜられたのである。御髪《みぐし》をお剃《そ》り捨てになった御兄の院を御覧になった時、すべての世界が暗くなったように思召されて、悲歎《ひたん》のとめようもない。ためらうことなくすぐにお言葉が出た。
「故院がお崩《かく》れになりましたころから、人生の無常が深く私にも思われまして、出家の願いを起こしながらも心弱く何かのことに次々引きとめられておりまして、ついにあなた様が先にこの姿をあそばすまでになってしまいました。自分はなんというふがいなさであろうと恥ずかしくてなりません。一身だけでは何でもなく出離《しゅつり》の決心はつくのでございますが、周囲を顧慮いたします点で実行はなかなかできないことでございます」
と、お言いになって、慰めえないお悲しみを
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