はで》に暮らさせようとしている邸の片すみに小さくなって住んでいるようなことをしては、世間体もよろしくない。私の生きている間はそんな屈辱的な待遇を受けて良人《おっと》の家にいる必要はない」
 と御意見をお言いになった。御自邸の東の対を掃除《そうじ》させて、大将夫人の移って来る場所に決めておいでになるのであった。親の家ではあっても、良人《おっと》の愛を失った女になって帰って行くことは、夫人の決心のできかねることであった。性質の静かな善良な人で、子供らしいおおようさもある人でいながら、時々人からうとまれるような病的な発作があるのである。住居《すまい》なども始終だらしなくなっていて、きれいなことは何一つ残っていない家にいる夫人を、玉鬘の六条院にいるのとは比べようもないのであるが、青年時代から持ち続けた大将の愛は根を張っていて、一朝一夕に変わるものでも、変えられるものでもないから、今も心では非常に妻を哀れに思っていた。
「ただ昨日《きのう》今日《きょう》にできた夫婦でも、貴族の人たちは気に入らないことも、気に入らないふうを見せずに済ますものなのだ。全然人を捨ててしまうようなことをわれわれの階級の者はしないものなのだ。あなたには病苦というものがつきまとっていて、それを見るだけでも気の毒で、私の恋愛問題などを話しておこうとしても話す時がなかったのだよ。以前からあなたと約束していることでしょう、あなたに病気はあっても私は一生あなたといるつもりだって、私はどんな辛抱《しんぼう》も続けてするつもりなのに、あなたはほかのことを考え出したのですね。別れてしまうようなことは考えずに私を愛してください。子供もあるのだから、その点から言っても私は一生あなたを大事にすると言っているのに、女の人には困った嫉妬《しっと》というものがあって、私を恨んでばかりあなたはいる。現在だけを見ておれば、あるいはそのほうが道理かもしれないが、私を信用してしばらく冷静に見ていてくれたなら、私のあなたを思う志はどんなものかが理解できる日があるだろうと思う。宮様が不快にお思いになって、今すぐにお邸《やしき》へあなたをつれて帰ろうとお言いになるのは、かえってそのほうが軽率なことでないだろうか。実際別れさせてしまおうと思っておいでになるのだろうか。しばらく懲らしめてやろうとお思いになるのだろうか」
 と笑いながら言う大将の様子には、だれからも反感を持たれるのに十分な利己主義者らしいところがあった。
 大将の妾《しょう》のようにもなっていた木工《もく》の君や中将の君なども、それ相応に大将を恨めしく思っていたが、夫人は普通な精神状態になっている時で、なつかしいふうを見せて泣いていた。
「私を老いぼけた、病的な女だと侮辱なさいますのはごもっともなことですが、そんなお言葉の中に宮様のことをお混ぜになるのを聞きますと、私のような者と親子でおありになるばかりにと思われて宮様がお気の毒でなりません。私はあなたのお噂《うわさ》を聞くことが近ごろ始まったことでも何でもないのですから、悲しみはいたしません」
 と言って横向く顔が可憐《かれん》であった。小柄な人が持病のために痩《や》せ衰えて、弱々しくなり、きれいに長い髪が分け取られたかと思うほど薄くなって、しかもその髪はよく梳《す》くこともされないで、涙に固まっているのが哀れであった。一つ一つの顔の道具が美しいのではなくて、式部卿の宮によく似て、全体に艶《えん》なところのある顔を、構わないままにしてあっては、はなやかな、若々しいというような点はこの人に全然見られない。
「宮様のことを軽々しくなど私が言うものですか。人に聞かれても恐ろしいようなことを言うものでない」
 などと大将はなだめて、
「私の通って行く所はいわゆる玉の台《うてな》なのだからね。そんな場所へ不風流な私が出入りすることは、よけいに人目を引くことだろうと片腹痛くてね、自分の邸《やしき》へ早くつれて来ようと私は思うのだ。太政大臣が今日の時代にどれだけ勢力のある方だというようなことは今さらなことだが、あのりっぱな人格者の所へ、ここの嫉妬《しっと》騒ぎが聞こえて行くようではあの方に済まない。穏やかに仲よく暮らすように心がけなければならないよ。宮のお邸へあなたが行ってしまったからといっても、私はやはりあなたを愛するだろう。夫婦の形はどうなっても今さら愛のなくなることはないのだが、世間があなたを軽率なように言うだろうし、私のためにも軽々しいことになる。長い間愛し合ってきた二人なのだから、これからも私のためになることをあなたも考えて、世話をし合おうじゃありませんか」
 とも言った。
「あなたの冷酷なことがいいことか悪いことか私はもう考えません。何とも思いません。ただ私が健全な女でないことを悲しんでいます
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