夜は南の縁側に座を設けて招ぜられた。玉鬘は自身で出て話をすることはまだ恥ずかしくてできずに、返辞だけは宰相の君を取り次ぎにしてした。
「私が使いに選ばれて来ましたのは、お取り次ぎなしにお話を申すようにという父の考えだったかと思いますが、こんなふうな遠々しいお扱いでは、それを申し上げられない気がいたします。私はつまらぬ者ですが、あなたとは離しようもなくつながった縁のありますことで、自信に似たものができております」
 と言って、中将はもう一段親しくしたい様子を見せた。
「ごもっともでございます。長い間失礼しておりましたお詫《わ》びも直接申し上げたいのでございますが、身体《からだ》が何ということなしに悪うございまして、起き上がりますのも大儀でできませんものですから、こうさせていただいているのでございます。ただ今のようなお恨みを承りますのは、かえって他人らしいことだと存じます」
 まじめな挨拶《あいさつ》を玉鬘はした。
「御気分が悪くてお寝《やす》みになっていらっしゃる所の几帳《きちょう》の前へ通していただけませんか。しかし、よろしゅうございます、しいていろんなお願いをするのも失礼ですから」
 と言って頭の中将は大臣の言葉を静かに伝えるのであった。身の取りなしも様子も源中将に匹敵するもので、感じのいい人である。
「御所へおいでになることでは、くわしいお報《し》らせもまだいただいていませんが、あなたからその際にはこうしてほしい、何が入り用であるとかいうことを言ってくだすったら、そのとおりにしたいと思っています。世間の目にたつことが遠慮されて訪《たず》ねて行くこともできず、思うことを直接お話しできないのを遺憾に思っています」
 というのが父の大臣から玉鬘へ伝えさせた言葉であった。
「私が過去に申し上げたことについては、それほど訂正しないでもいいと思います。どちらにもせよ愛していただけばいいのです。そう思いますとまた恨めしい気にもなります。今夜の御待遇などからそう思うのです。北側のお部屋《へや》へお入れになって、いい女房がたは失礼だとお思いになるでしょうが、下仕え級の方とでも話して行くようなことがしたいのです。兄弟をこんなふうにお扱いになるようなことは、これも不思議なことといわなければなりませんよ」
 批難するふうに言っているのもおかしくて、宰相の君に玉鬘は言わせた。
「人聞きが遠慮いたされまして、あまりにわかな変わり方は見せられないように思うものですから、お話し申し上げたい長い年月のことも、聞いていただけませんことで、私もお言葉のように残念でならないのでございます」
 ときまじめな挨拶《あいさつ》をされ、頭の中将はきまりが悪くなって、この上のことは言わないことにした。

[#ここから1字下げ]
「妹背《いもせ》山深き道をば尋ねずてをだえの橋にふみまどひける
[#ここで字下げ終わり]

 そうでしたよ」
 と真底から感じているふうで中将は言った。

[#ここから1字下げ]
「まどひける道をば知らず妹背山たどたどしくぞたれもふみ見し
[#ここで字下げ終わり]

 と申されます」
 と女主人の歌を伝えてからまた宰相は言う、
「どのことをお言いになりますことかそのころはおわかりにならなかったようでございます。ただあまり御おとなしくて御遠慮ばかりあそばすものですから、どなた様へもお返事をお出しになることがなかったのでございます。これからは決してそうでもございませんでしょう」
 もっともなことでもあったから、
「ではまあよろしいことにしまして、ここで長居をしていましてもつまりません。誠意を認めていただくことに骨を折りましょう。これからは毎日精勤することにして」
 と言って中将は帰って行くのであった。月が明るく中天に上っていて、艶《えん》な深夜に上品な風采《ふうさい》の若い殿上人の歩いて行くことははなやかな見ものであった。源中将ほどには美しくないが、これはこれでまたよく思われるのは、どうしてこうまでだれもすぐれた人ぞろいなのであろうと、若い女房たちは例のように、より誇張した言葉でほめたてていた。
 大将はこの中将のいる右近衛《うこんえ》のほうの長官であったから、始終この人を呼んで玉鬘《たまかずら》との縁組みについて熟談していた。内大臣へも希望を取り次いでもらっていたのである。人物もりっぱであったし、将来の大臣として活躍する素地のある人であったから、娘のために悪い配偶者ではないと大臣は認めていたが、源氏が尚侍《ないしのかみ》をばどうしようとするかには抗議の持ち出しようもなく、またそうすることには深い理由もあることであろうと思っていたから、すべて源氏に一任していると返辞をさせていた。この大将は東宮の母君である女御《にょご》とは兄弟であった。源氏と内大臣に続
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング