に出ていたりすることはよろしくなくても、これは皆きれいにいろいろな上着に裳《も》までつけて、重なるようにしてすわりながらおおぜいで出ているので感じのよいことであった。中宮は童女を庭へおろして虫籠《むしかご》に露を入れさせておいでになるのである。紫※[#「くさかんむり/宛」、第3水準1−90−92]《しおん》色、撫子《なでしこ》色などの濃い色、淡い色の袙《あこめ》に、女郎花《おみなえし》色の薄物の上着などの時節に合った物を着て、四、五人くらいずつ一かたまりになってあなたこなたの草むらへいろいろな籠を持って行き歩いていて、折れた撫子の哀れな枝なども取って来る。霧の中にそれらが見えるのである。お座敷の中を通って吹いて来る風は侍従香の匂《にお》いを含んでいた。貴女《きじょ》の世界の心憎さが豊かに覚えられるお住居《すまい》である。驚かすような気がして中将は出にくかったが、静かな音をたてて歩いて行くと、女房たちはきわだって驚いたふうも見せずに皆座敷の中へはいってしまった。宮の御入内《ごじゅだい》の時に童形《どうぎょう》で供奉《ぐぶ》して以来知り合いの女房が多くて中将には親しみのある場所でもあった。源氏の挨拶《あいさつ》を申し上げてから、宰相の君、内侍《ないし》などもいるのを知って中将はしばらく話していた。ここにはまたすべての所よりも気高《けだか》い空気があった。そうした清い気分の中で女房たちと語りながらも中将は昨日《きのう》以来の悩ましさを忘れることができなかった。
 帰って来ると南御殿は格子が皆上げられてあって、夫人は昨夜《ゆうべ》気にかけながら寝た草花が所在も知れぬように乱れてしまったのをながめている時であった。中将は階段の所へ行って、中宮のお返辞を報じた。
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荒い風もお防ぎくださいますでしょうと若々しく頼みにさせていただいているのでございますから、お見舞いをいただきましてはじめて安心いたしました。
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 というのである。
「弱々しい宮様なのだからね、そうだったろうね。女はだれも皆こわくてたまるまいという気のした夜だったからね、実際不親切に思召《おぼしめ》しただろう」
 と言って、源氏はすぐに御訪問をすることにした。直衣《のうし》などを着るために向こうの室の御簾《みす》を引き上げて源氏がはいる時に、短い几帳《きちょう》を近くへ寄せて立てた人の袖口《そでぐち》の見えたのを、女王《にょおう》であろうと思うと胸が湧《わ》き上がるような音をたてた。困ったことであると思って中将はわざと外のほうをながめていた。源氏は鏡に向かいながら小声で夫人に言う、
「中将の朝の姿はきれいじゃありませんか、まだ小さいのだが洗練されても見えるように思うのは親だからかしら」
 鏡にある自分の顔はしかも最高の優越した美を持つものであると源氏は自信していた。身なりを整えるのに苦心をしたあとで、
「中宮にお目にかかる時はいつも晴れがましい気がする。なんらの見識を表へ出しておいでになるのでないが、前へ出る者は気がつかわれる。おおように女らしくて、そして高い批評眼が備わっているというようなかただ」
 こう言いながら源氏は御簾から出ようとしたが、中将が一方を見つめて源氏の来ることにも気のつかぬふうであるのを、鋭敏な神経を持つ源氏はそれをどう見たか引き返して来て夫人に、
「昨日《きのう》風の紛れに中将はあなたを見たのじゃないだろうか。戸があいていたでしょう」
 と言うと女王は顔を赤くして、
「そんなこと。渡殿《わたどの》のほうには人の足音がしませんでしたもの」
 と言っていた。
「しかし、疑わしい」
 源氏はこう独言《ひとりごと》を言いながら中宮の御殿のほうへ歩いて行った。また供をして行った中将は、源氏が御簾《みす》の中へはいっている間を、渡殿の戸口の、女房たちの集まっているけはいのうかがわれる所へ行って、戯れを言ったりしながらも、新しい物思いのできた人は平生よりもめいったふうをしていた。
 そこからすぐに北へ通って明石《あかし》の君の町へ源氏は出たが、ここでははかばかしい家司《けいし》風の者は来ていないで、下仕えの女中などが乱れた草の庭へ出て花の始末などをしていた。童女が感じのいい姿をして夫人の愛している竜胆《りんどう》や朝顔がほかの葉の中に混じってしまったのを選《え》り出していたわっていた。物哀れな気持ちになっていて明石は十三|絃《げん》の琴を弾《ひ》きながら縁に近い所へ出ていたが、人払いの声がしたので、平常着《ふだんぎ》の上へ棹《さお》からおろした小袿《こうちぎ》を掛けて出迎えた。こんな急な場合にも敬意を表することを忘れない所にこの人の性格が見えるのである。座敷の端にしばらくすわって、風の見舞いだけを言って、そのまま冷淡に帰って行く源氏の態度を女は恨めしく思った。

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おほかたの荻《をぎ》の葉過ぐる風の音もうき身一つに沁《し》むここちして
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 こんなことを口ずさんでいた。
 源氏が東の町の西の対へ行った時は、夜の風が恐ろしくて明け方まで眠れなくて、やっと睡眠したあとの寝過ごしをした玉鬘《たまかずら》が鏡を見ている時であった。たいそうに先払いの声を出さないようにと源氏は注意していて、そっと座敷へはいった。屏風《びょうぶ》なども皆畳んであって混雑した室内へはなやかな秋の日ざしがはいった所に、あざやかな美貌《びぼう》の玉鬘《たまかずら》がすわっていた。源氏は近い所へ席を定めた。荒い野分の風もここでは恋を告げる方便に使われるのであった。
「そんなふうなことを言って、私をお困らせになりますから、私はあの風に吹かれて行ってしまいたく思いました」
 と機嫌《きげん》をそこねて玉鬘が言うと源氏はおもしろそうに笑った。
「風に吹かれてどこへでも行ってしまおうというのは少し軽々しいことですね。しかしどこか吹かれて行きたい目的の所があるでしょう。あなたも自我を現わすようになって、私を愛しないことも明らかにするようになりましたね。もっともですよ」
 と源氏が言うと、玉鬘は思ったままを誤解されやすい言葉で言ったものであると自身ながらおかしくなって笑っている顔の色がはなやかに見えた。海酸漿《うみほおずき》のようにふっくらとしていて、髪の間から見える膚の色がきれいである。目があまりに大きいことだけはそれほど品のよいものでなかった。そのほかには少しの欠点もない。中将は父の源氏がゆっくりと話している間に、この異腹の姉の顔を一度のぞいて知りたいとは平生から願っていることであったから、隅《すみ》の部屋《へや》の御簾《みす》が几帳《きちょう》も添えられてあるが、乱れたままになっている、その端をそっと上げて見ると、中央の部屋との間に障害になるような物は皆片づけられてあったからよく見えた。戯れていることは見ていてわかることであったから、不思議な行為である。親子であっても懐《ふところ》に抱きかかえる幼年者でもない、あんなにしてよいわけのものでないのにと目がとまった。源氏に見つけられないかと恐ろしいのであったが、好奇心がつのってなおのぞいていると、柱のほうへ身体《からだ》を少し隠すように姫君がしているのを、源氏は自身のほうへ引き寄せていた。髪の波が寄って、はらはらとこぼれかかっていた。女も困ったようなふうはしながらも、さすがに柔らかに寄りかかっているのを見ると、始終このなれなれしい場面の演ぜられていることも中将に合点《がてん》された。悪感《おかん》の覚えられることである、どういうわけであろう、好色なお心であるから、小さい時から手もとで育たなかった娘にはああした心も起こるのであろう、道理でもあるがあさましいと真相を知らない中将にこう思われている源氏は気の毒である。玉鬘は兄弟であっても同腹でない、母が違うと思えば心の動くこともあろうと思われる美貌であることを中将は知った。昨日見た女王《にょおう》よりは劣って見えるが、見ている者が微笑《ほほえ》まれるようなはなやかさは同じほどに思われた。八重の山吹《やまぶき》の咲き乱れた盛りに露を帯びて夕映《ゆうば》えのもとにあったことを、その人を見ていて中将は思い出した。このごろの季節のものではないが、やはりその花に最もよく似た人であると思われた。花は美しくても花であって、またよく乱れた蕊《しべ》なども盛りの花といっしょにあったりなどするものであるが、人の美貌はそんなものではないのである。だれも女房がそばへ出て来ない間、親しいふうに二人の男女は語っていたが、どうしたのかまじめな顔をして源氏が立ち上がった。玉鬘が、

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吹き乱る風のけしきに女郎花《をみなへし》萎《しを》れしぬべきここちこそすれ
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 と言った。これはその人の言うのが中将に聞こえたのではなくて、源氏が口にした時に知ったのである。不快なことがまた好奇心を引きもして、もう少し見きわめたいと中将は思ったが、近くにいたことを見られまいとしてそこから退《の》いていた。源氏が、

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「しら露に靡《なび》かましかば女郎花荒き風にはしをれざらまし
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 弱竹《なよたけ》をお手本になさい」
 と言ったと思ったのは、中将の僻耳《ひがみみ》であったかもしれぬが、それも気持ちの悪い会話だとその人は聞いたのであった。
 花散里《はなちるさと》の所へそこからすぐに源氏は行った。今朝《けさ》の肌《はだ》寒さに促されたように、年を取った女房たちが裁ち物などを夫人の座敷でしていた。細櫃《ほそびつ》の上で真綿をひろげている若い女房もあった。きれいに染め上がった朽ち葉色の薄物、淡紫《うすむらさき》のでき上がりのよい打ち絹などが散らかっている。
「なんですこれは、中将の下襲《したがさね》なんですか。御所の壺前栽《つぼせんざい》の秋草の宴なども今年はだめになるでしょうね。こんなに風が吹き出してしまってはね、見ることも何もできるものでないから。ひどい秋ですね」
 などと言いながら、何になるのかさまざまの染め物織り物の美しい色が集まっているのを見て、こうした見立ての巧みなことは南の女王にも劣っていない人であると源氏は花散里を思った。源氏の直衣《のうし》の材料の支那《しな》の紋綾《もんあや》を初秋の草花から摘んで作った染料で手染めに染め上げたのが非常によい色であった。
「これは中将に着せたらいい色ですね。若い人には似合うでしょう」
 こんなことも言って源氏は帰って行った。
 面倒《めんどう》な夫人たちの訪問の供を皆してまわって、時のたったことで中将は気が気でなく思いながら妹の姫君の所へ行った。
「まだ御寝室にいらっしゃるのでございますよ。風をおこわがりになって、今朝《けさ》はもうお起きになることもおできにならないのでございます」
 と、乳母《めのと》が話した。
「悪い天気でしたからね。こちらで宿直《とのい》をしてあげたかったのだが、宮様が心細がっていらっしゃったものですからあちらへ行ってしまったのです。お雛《ひな》様の御殿はほんとうにたいへんだったでしょう」
 女房たちは笑って言う、
「扇の風でもたいへんなのでございますからね。それにあの風でございましょう。私どもはどんなに困ったことでしょう」
「何でもない紙がありませんか。それからあなたがたがお使いになる硯《すずり》を拝借しましょう」
 と中将が言ったので女房は棚《たな》の上から出して紙を一巻き蓋《ふた》に入れて硯といっしょに出してくれた。
「これはあまりよすぎて私の役にはたちにくい」
 と言いながらも、中将は姫君の生母が明石《あかし》夫人であることを思って、遠慮をしすぎる自分を苦笑しながら書いた。それは淡紫の薄様《うすよう》であった。丁寧に墨をすって、筆の先をながめながら考えて書いている中将の様子は艶《えん》であった。しかしその手紙は若い女房を羨望《せんぼう》させる一女性にあてて書かれるものであった。

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