て立てた人の袖口《そでぐち》の見えたのを、女王《にょおう》であろうと思うと胸が湧《わ》き上がるような音をたてた。困ったことであると思って中将はわざと外のほうをながめていた。源氏は鏡に向かいながら小声で夫人に言う、
「中将の朝の姿はきれいじゃありませんか、まだ小さいのだが洗練されても見えるように思うのは親だからかしら」
鏡にある自分の顔はしかも最高の優越した美を持つものであると源氏は自信していた。身なりを整えるのに苦心をしたあとで、
「中宮にお目にかかる時はいつも晴れがましい気がする。なんらの見識を表へ出しておいでになるのでないが、前へ出る者は気がつかわれる。おおように女らしくて、そして高い批評眼が備わっているというようなかただ」
こう言いながら源氏は御簾から出ようとしたが、中将が一方を見つめて源氏の来ることにも気のつかぬふうであるのを、鋭敏な神経を持つ源氏はそれをどう見たか引き返して来て夫人に、
「昨日《きのう》風の紛れに中将はあなたを見たのじゃないだろうか。戸があいていたでしょう」
と言うと女王は顔を赤くして、
「そんなこと。渡殿《わたどの》のほうには人の足音がしませんでしたもの」
と言っていた。
「しかし、疑わしい」
源氏はこう独言《ひとりごと》を言いながら中宮の御殿のほうへ歩いて行った。また供をして行った中将は、源氏が御簾《みす》の中へはいっている間を、渡殿の戸口の、女房たちの集まっているけはいのうかがわれる所へ行って、戯れを言ったりしながらも、新しい物思いのできた人は平生よりもめいったふうをしていた。
そこからすぐに北へ通って明石《あかし》の君の町へ源氏は出たが、ここでははかばかしい家司《けいし》風の者は来ていないで、下仕えの女中などが乱れた草の庭へ出て花の始末などをしていた。童女が感じのいい姿をして夫人の愛している竜胆《りんどう》や朝顔がほかの葉の中に混じってしまったのを選《え》り出していたわっていた。物哀れな気持ちになっていて明石は十三|絃《げん》の琴を弾《ひ》きながら縁に近い所へ出ていたが、人払いの声がしたので、平常着《ふだんぎ》の上へ棹《さお》からおろした小袿《こうちぎ》を掛けて出迎えた。こんな急な場合にも敬意を表することを忘れない所にこの人の性格が見えるのである。座敷の端にしばらくすわって、風の見舞いだけを言って、そのまま冷淡に帰って行
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