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まことや、暮れにも参りこむと思ひ給へ立つは、厭《いと》ふにはゆるにや侍らん。いでや、いでや、怪しきはみなせ川にを。
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 と書かれ、端のほうに歌もあった。

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草若みひたちの海のいかが崎《さき》いかで相見む田子の浦波

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大川水の(みよし野の大川水のゆほびかに思ふものゆゑ浪《なみ》の立つらん)
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 青い色紙一重ねに漢字がちに書かれてあった。肩がいかって、しかも漂って見えるほど力のない字、しという字を長く気どって書いてある。一行一行が曲がって倒れそうな自身の字を、満足そうに令嬢は微笑して読み返したあとで、さすがに細く小さく巻いて撫子《なでしこ》の花へつけたのであった。厠《かわや》係りの童女はきれいな子で、奉公なれた新参者であるが、それが使いになって、女御の台盤所《だいばんどころ》へそっと行って、
「これを差し上げてください」
 と言って出した。下仕《しもづか》えの女が顔を知っていて、北の対に使われている女の子だといって、撫子を受け取った。大輔《たゆう》という女房が女御の所へ持って
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