うである。
「気楽に涼んで行ったらいいでしょう。私もとうとう青年たちからけむたがられる年になった」
 こう言って、源氏は近い西の対を訪《たず》ねようとしていたから、公子たちは皆見送りをするためについて行った。日の暮れ時のほの暗い光線の中では、同じような直衣《のうし》姿のだれがだれであるかもよくわからないのであったが、源氏は玉鬘に、
「少し外のよく見える所まで来てごらんなさい」
 と言って、従えて来た青年たちのいる方をのぞかせた。
「少将や侍従をつれて来ましたよ。ここへは走り寄りたいほどの好奇心を持つ青年たちなのだが、中将がきまじめ過ぎてつれて来ないのですよ。同情のないことですよ。この青年たちはあなたに対して無関心な者が一人もないでしょう。つまらない家の者でも娘でいる間は若い男にとって好奇心の対象になるものだからね。私の家というものを実質以上にだれも買いかぶっているのですからね、しかも若い連中は六条院の夫人たちを恋の対象にして空想に陶酔するようなことはできないことだったのが、あなたという人ができたから皆の注意はあなたに集まることになったのです。そうした求婚者の真実の深さ浅さというようなものを、第三者になって観察するのはおもしろいことだろうと、退屈なあまりに以前からそんなことがあればいいと思っていたのがようやく時期が来たわけです」
 などと源氏はささやいていた。この前の庭には各種類の草花を混ぜて植えるようなことはせずに、美しい色をした撫子《なでしこ》ばかりを、唐撫子《からなでしこ》、大和《やまと》撫子もことに優秀なのを選んで、低く作った垣《かき》に添えて植えてあるのが夕映《ゆうば》えに光って見えた。公子たちはその前を歩いて、じっと心が惹《ひ》かれるようにたたずんだりもしていた。
「りっぱな青年官吏ばかりですよ。様子にもとりなしにも欠点は少ない。今日は見えないが右中将は年かさだけあってまた優雅さが格別ですよ。どうです、あれからのちも手紙を送ってよこしますか。軽蔑《けいべつ》するような態度はとらないようにしなければいけない」
 などとも源氏は言った。すぐれたこの公子たちの中でも源中将は目だって艶《えん》な姿に見えた。
「中将をきらうことは内大臣として意を得ないことですよ。御自分が尊貴であればあの子も同じ兄妹《きょうだい》から生まれた尊貴な血筋というものなのだからね。しかしあまり系統がきちんとしていて王風《おおぎみふう》の点が気に入らないのですかね」
 と源氏が言った。
「来まさば(おほきみ来ませ婿にせん)というような人もあすこにはあるのではございませんか」
「いや、何も婿に取られたいのではありませんがね。若い二人が作った夢をこわしたままにして幾年も置いておかれるのは残酷だと思うのです。まだ官位が低くて世間体がよろしくないと思われるのだったら、公然のことにはしないで私へお嬢さんを託しておかれるという形式だっていいじゃないのですか。私が責任を持てばいいはずだと思うのだが」
 源氏は歎息《たんそく》した。自分の実父との間にはこうした感情の疎隔があるのかと玉鬘《たまかずら》ははじめて知った。これが支障になって親に逢《あ》いうる日がまだはるかなことに思わねばならないのであるかと悲しくも思い、苦しくも思った。月がないころであったから燈籠《とうろう》に灯《ひ》がともされた。
「灯が近すぎて暑苦しい、これよりは篝《かがり》がよい」
 と言って、
「篝を一つこの庭で焚《た》くように」
 と源氏は命じた。よい和琴《わごん》がそこに出ているのを見つけて、引き寄せて、鳴らしてみると律の調子に合わせてあった。よい音もする琴であったから少し源氏は弾《ひ》いて、
「こんなほうのことには趣味を持っていられないのかと、失礼な推測をしてましたよ。秋の涼しい月夜などに、虫の声に合わせるほどの気持ちでこれの弾かれるのははなやかでいいものです。これはもったいらしく弾く性質の楽器ではないのですが、不思議な楽器で、すべての楽器の基調になる音を持っている物はこれなのですよ。簡単にやまと琴という名をつけられながら無限の深味のあるものなのですね。ほかの楽器の扱いにくい女の人のために作られた物の気がします。おやりになるのならほかの物に合わせて熱心に練習なさい。むずかしいことがないような物で、さてこれに妙技を現わすということはむずかしいといったような楽器です。現在では内大臣が第一の名手です。ただ清掻《すがが》きをされるのにもあらゆる楽器の音を含んだ声が立ちますよ」
 と源氏は言った。玉鬘もそのことはかねてから聞いて知っていた。どうかして父の大臣の爪音《つまおと》に接したいとは以前から願っていたことで、あこがれていた心が今また大きな衝動を受けたのである。
「こちらにおりまして、音楽のお遊びが
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