に何げなく上を見上げた顔つきが可憐で、頬《ほお》の赤くなっているのなども親の目には非常に美しいものに見られた。
「うたた寝はいけないことだのに、なぜこんなふうな寝方をしてましたか。女房なども近くに付いていないでけしからんことだ。女というものは始終自身を護《まも》る心がなければいけない。自分自身を打ちやりしているようなふうの見えることは品の悪いものだ。賢そうに不動の陀羅尼《だらに》を読んで印を組んでいるようなのも憎らしいがね。それは極端な例だが、普通の人でも少しも人と接触をせずに奥に引き入ってばかりいるようなことも、気高《けだか》いようでまたあまり感じのいいものではない。太政大臣が未来のお后《きさき》の姫君を教育していられる方針は、いろんなことに通じさせて、しかも目だつほど専門的に一つのことを深くやらせまい、そしてまたわからないことは何もないようにということであるらしい。それはもっともなことだが、人間にはそれぞれの天分があるし、特に好きなこともあるのだから、何かの特色が自然出てくることだろうと思われる。大人《おとな》になって宮廷へはいられるころはたいしたものだろうと予想される」
 などと大臣は娘に言っていたが、
「あなたをこうしてあげたいといろいろ思っていたことは空想になってしまったが、私はそれでもあなたを世間から笑われる人にはしたくないと、よその人のいろいろの話を聞くごとにあなたのことを思って煩悶《はんもん》する。ためそうとするだけで、表面的な好意を寄せるような男に動揺させられるようなことがあってはいけませんよ。私は一つの考えがあるのだから」
 ともかわいく思いながら訓《いまし》めもした。昔は何も深く考えることができずに、あの騒ぎのあった時も恥知らずに平気で父に対していたと思い出すだけでも胸がふさがるように雲井の雁は思った。大宮の所からは始終|逢《あ》いたいというふうにお手紙が来るのであるが、大臣が気にかけていることを思うと、御訪問も容易にできないのである。
 大臣は北の対に住ませてある令嬢をどうすればよいか、よけいなことをして引き取ったあとで、また人が譏《そし》るからといって家へ送り帰すのも軽率な気のすることであるが、娘らしくさせておいては満足しているらしく自分の心持ちが誤解されることになっていやである、女御《にょご》の所へ来させることにして、馬鹿《ばか》娘として人中に置くことにさせよう、悪い容貌《ようぼう》だというがそう見苦しい顔でもないのであるからと思って、大臣は女御に、
「あの娘をあなたの所へよこすことにしよう。悪いことは年のいった女房などに遠慮なく矯正《きょうせい》させて使ってください。若い女房などが何を言ってもあなただけはいっしょになって笑うようなことをしないでお置きなさい。軽佻《けいちょう》に見えることだから」
 と笑いながら言った。
「だれがどう言いましても、そんなつまらない人ではきっとないと思います。中将の兄様などの非常な期待に添わなかったというだけでしょう。こちらへ来ましてからいろんな取り沙汰などをされて、一つはそれでのぼせて粗相《そそう》なこともするのでございましょう」
 と女御は貴女《きじょ》らしい品のある様子で言っていた。この人は一つ一つ取り立てて美しいということのできない顔で、そして品よく澄み切った美の備わった、美しい梅の半ば開いた花を朝の光に見るような奥ゆかしさを見せて微笑しているのを大臣は満足して見た。だれよりもすぐれた娘であると意識したのである。
「しかしなんといっても中将の無経験がさせた失敗だ」
 などとも父に言われている新令嬢は気の毒である。大臣は女房を訪《たず》ねた帰りにその人の所へも行って見た。
 座敷の御簾《みす》をいっぱいに張り出すようにして裾《すそ》をおさえた中で、五節《ごせち》という生意気な若い女房と令嬢は双六《すごろく》を打っていた。
「しょうさい、しょうさい」
 と両手をすりすり賽《さい》を撒《ま》く時の呪文《じゅもん》を早口に唱えているのに悪感《おかん》を覚えながらも大臣は従って来た人たちの人払いの声を手で制して、なおも妻戸の細目に開いた隙《すき》から、障子の向こうを大臣はのぞいていた。五節も蓮葉《はすっぱ》らしく騒いでいた。
「御返報しますよ。御返報しますよ」
 賽の筒を手でひねりながらすぐには撒こうとしない。姫君の容貌は、ちょっと人好きのする愛嬌《あいきょう》のある顔で、髪もきれいであるが、額の狭いのと頓狂《とんきょう》な声とにそこなわれている女である。美人ではないがこの娘の顔に、鏡で知っている自身の顔と共通したもののあるのを見て、大臣は運にのろわれている気がした。
「こちらで暮らすようになって、あなたに何か気に入らないことがありますか。つい忙しくて訪《たず》ねに来る
前へ 次へ
全8ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング