に持って、毎日写しもし、読みもすることに時を費やしていた。こうしたことの相手を勤めるのに適した若い女房が何人もいるのであった。数奇な女の運命がいろいろと書かれてある小説の中にも、事実かどうかは別として、自身の体験したほどの変わったことにあっている人はないと玉鬘は思った。住吉《すみよし》の姫君がまだ運命に恵まれていたころは言うまでもないが、あとにもなお尊敬されているはずの身分でありながら、今一歩で卑しい主計頭《かずえのかみ》の妻にされてしまう所などを読んでは、恐ろしかった監《げん》のことが思われた。源氏はどこの御殿にも近ごろは小説類が引き散らされているのを見て玉鬘に言った。
「いやなことですね。女というものはうるさがらずに人からだまされるために生まれたものなんですね。ほんとうの語られているところは少ししかないのだろうが、それを承知で夢中になって作中へ同化させられるばかりに、この暑い五月雨《さみだれ》の日に、髪の乱れるのも知らずに書き写しをするのですね」
笑いながらまた、
「けれどもそうした昔の話を読んだりすることがなければ退屈は紛れないだろうね。この嘘《うそ》ごとの中にほんとうのことらしく書かれてあるところを見ては、小説であると知りながら興奮をさせられますね。可憐《かれん》な姫君が物思いをしているところなどを読むとちょっと身にしむ気もするものですよ。また不自然な誇張がしてあると思いながらつり込まれてしまうこともあるし、またまずい文章だと思いながらおもしろさがある個所にあることを否定できないようなのもあるようですね。このごろあちらの子供が女房などに時々読ませているのを横で聞いていると、多弁な人間があるものだ、嘘を上手《じょうず》に言い馴《な》れた者が作るのだという気がしますが、そうじゃありませんか」
と言うと、
「そうでございますね。嘘を言い馴れた人がいろんな想像をして書くものでございましょうが、けれど、どうしてもほんとうとしか思われないのでございますよ」
こう言いながら玉鬘《たまかずら》は硯《すずり》を前へ押しやった。
「不風流に小説の悪口を言ってしまいましたね。神代以来この世であったことが、日本紀《にほんぎ》などはその一部分に過ぎなくて、小説のほうに正確な歴史が残っているのでしょう」
と源氏は言うのであった。
「だれの伝記とあらわに言ってなくても、善《よ》い
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