っとした岩の形なども皆絵の中の物のようであった。あちらにもそちらにも霞《かすみ》と同化したような花の木の梢《こずえ》が錦《にしき》を引き渡していて、御殿のほうははるばると見渡され、そちらの岸には枝をたれて柳が立ち、ことに派手《はで》に咲いた花の木が並んでいた。よそでは盛りの少し過ぎた桜もここばかりは真盛《まさか》りの美しさがあった。廊を廻った藤《ふじ》も船が近づくにしたがって鮮明な紫になっていく。池に影を映した山吹《やまぶき》もまた盛りに咲き乱れているのである。水鳥の雌雄の組みが幾つも遊んでいて、あるものは細い枝などをくわえて低く飛び交《か》ったりしていた。鴛鴦《おしどり》が波の綾《あや》の目に紋を描いている。写生しておきたい気のする風景ばかりが次々に目の前へ現われてくるのであったから、仙人《せんにん》の遊戯を見ているうちに斧《おの》の木の柄が朽ちた話と同じような恍惚《こうこつ》状態になって女房たちは長い時間水上にいた。

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風吹けば浪《なみ》の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎《さき》
春の池や井手の河瀬《かはせ》に通ふらん岸の山吹底も匂《にほ》へり
亀《かめ》の上の山も訪《たづ》ねじ船の中に老いせぬ名をばここに残さん
春の日のうららにさして行く船は竿《さを》の雫《しづく》も花と散りける
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 こんな歌などを各自が詠《よ》んで、行く先をも帰る所をも忘れるほど若い人たちのおもしろがって遊ぶのに適した水の上であった。暮れかかるころに「皇※[#「鹿/章」、第3水準1−94−75]《こうじょう》」という楽の吹奏が波を渡ってきて、人々の船は歓楽陶酔の中に岸へ着き、設けられた釣殿《つりどの》の休息所へはいった。ここの室内の装飾は簡単なふうにしてあって、しかも艶《えん》なものであった。各夫人の若いきれいな女房たちが、競って華美な姿をして待ち受けていたのは、花の飾りにも劣らず美しかった。曲のありふれたものでない楽が幾つか奏されて、舞い手にも特に選抜された公達《きんだち》が出され、若い女に十分の満足を与えた。夜になってしまったことを源氏は残念に思って、前の庭に篝《かがり》をとぼさせ、階段の下の苔《こけ》の上へ音楽者を近く招いて、堂上の親王がた、高官たちと堂下の伶人《れいじん》とで大合奏が行なわれるのであった。専門家の中の優美な者だけが
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