会が到来して父を父と呼ぶ日が来るのであろうとたよりない悲しみをしているのであるが、源氏の好意に感激はしていて、実父といっても初めから育てられなかった親は、これほどこまやかな愛を自分に見せてくれないのではあるまいかと、古い小説などからもいろいろと人生を教えられている玉鬘《たまかずら》は想像して、自身が源氏の感情を無視して勝手に父へ名のって行くことなどはできないとしていた。
 源氏は別れぎわに玉鬘の言ったことで、いっそうその人を可憐《かれん》に思って、夫人に話すのであった。
「不思議なほど調子のなつかしい人ですよ。母であった人はあまりに反撥《はんぱつ》性を欠いた人だったけれど、あの人は、物の理解力も十分あるし、美しい才気も見えるし、安心されないような点が少しもない」
 この源氏の賞《ほ》め言葉を聞いていて夫人は、良人《おっと》が単に養女として愛する以外の愛をその人に持つことになっていく経路を、源氏の性格から推して察したのである。
「理解力のある方にもせよ、全然あなたを信用してたよっていてはどんなことにおなりになるかとお気の毒ですわ」
 と女王《にょおう》は言った。
「私は信頼されてよいだけの自信はあるのだが」
「いいえ、私にも経験があります。悩ましいような御様子をお見せになったことなど、そんなこと私はいくつも覚えているのですもの」
 微笑をしながら言っている夫人の神経の鋭敏さに驚きながら、源氏は、
「あなたのことなどといっしょにするのはまちがいですよ。そのほかのことで私は十分あなたに信用されてよいこともあるはずだ」
 と言っただけで、やましい源氏はもうその話に触れようとしないのであったが、心の中では、妻の疑いどおりに自分はなっていくのでないかという不安を覚えていた。同時にまた若々しいけしからぬ心であると反省もしていたのである。
 気にかかる玉鬘を源氏はよく見に行った。しめやかな夕方に、前の庭の若楓《わかかえで》と柏《かしわ》の木がはなやかに繁り合っていて、何とはなしに爽快《そうかい》な気のされるのをながめながら、源氏は「和しまた清し」と詩の句を口ずさんでいたが、玉鬘の豊麗な容貌《ようぼう》が、それにも思い出されて、西の対へ行った。手習いなどをしながら気楽な風でいた玉鬘が、起き上がった恥ずかしそうな顔の色が美しく思われた。その柔らかいふうにふと昔の夕顔が思い出されて、源氏
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