くずした漢字をたくさんには混ぜずに感じよく書かれてあるのであった。姫君から来た鶯《うぐいす》の歌の返事に興奮して、身にしむ古歌などが幾つも書かれてある中に、自作もあった。

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珍しや花のねぐらに木づたひて谷の古巣をとへる鶯
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 やっと聞き得た鶯の声というように悲しんで書いた横にはまた「梅の花咲ける岡辺《をかべ》に家しあれば乏しくもあらず鶯の声」と書いて、みずから慰めても書かれてある。源氏はこの手習い紙をながめながら微笑《ほほえ》んでいた。書いた人はきまりの悪い話である。筆に墨をつけて、源氏もその横へ何かを書きすさんでいる時に明石は膝行《いざ》り出た。思い上がった女性ではあるが、さすがに源氏に主君としての礼を取る態度が謙遜《けんそん》であった。この聡明《そうめい》さは明石の魅力でもあった。白い服へ鮮明に掛かった黒髪の裾《すそ》が少し薄くなって、きれいに分かれた筋を作っているのもかえってなまめかしい。源氏は心が惹《ひ》かれて、新春の第一夜をここに泊まることは紫夫人を腹だたせることになるかもしれぬと思いながら、そのまま寝てしまった。六条院の他の
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