らっしゃい。琴を習い始めた女の子などもいますから、その稽古《けいこ》を見ておやりなさい。気を置かねばならぬような曲がった性格の人などはあちらにいませんよ。私の妻などがそうですよ」
 と源氏が言うと、
「仰せどおりにいたします」
 と玉鬘《たまかずら》は言っていた。もっともなことである。
 日の暮れ方に源氏は明石《あかし》の住居《すまい》へ行った。居間に近い渡殿《わたどの》の戸をあけた時から、もう御簾《みす》の中の薫香《たきもの》のにおいが立ち迷っていて、気高《けだか》い艶《えん》な世界へ踏み入る気がした。居間に明石の姿は見えなかった。どこへ行ったのかと源氏は見まわしているうちに硯《すずり》のあたりにいろいろな本などが出ているのに目がついた。支那《しな》の東京錦《とんきんにしき》の重々しい縁《ふち》を取った褥《しとね》の上には、よい琴が出ていて、雅味のある火鉢《ひばち》に侍従香がくゆらしてある。その香の高い中へ、衣服にたきしめる衣被香《えびこう》も混じって薫《くゆ》るのが感じよく思われた。そのあたりへ散った紙に手習い風の無駄《むだ》書きのしてある字も特色のある上手《じょうず》な字である。
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