実際これが幸福でなくて何であろうと思われた。
「今朝《けさ》皆が鏡餠の祝詞を言い合っているのを見てうらやましかった。奥さんには私が祝いを言ってあげよう」
少し戯れも混ぜて源氏は夫人の幸福を祝った。
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うす氷解けぬる池の鏡には世にたぐひなき影ぞ並べる
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これほど真実なことはない。二人は世に珍しい麗質の夫婦である。
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曇りなき池の鏡によろづ代をすむべき影ぞしるく見えける
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と夫人は言った。どの場合、何の言葉にもこの二人は長く変わらぬ愛を誓い合うのであった。
ちょうど元日が子《ね》の日にあたっていたのである。千年の春を祝うのにふさわしい日である。姫君のいる座敷のほうへ行ってみると、童女や下仕えの女が前の山の小松を抜いて遊んでいた。そうした若い女たちは新春の喜びに満ち足らったふうであった。北の御殿からいろいろときれいな体裁に作られた菓子の髭籠《ひげかご》と、料理の破子《わりご》詰めなどがここへ贈られて来た。よい形をした五葉の枝に作り物の鶯《うぐいす》が止まらせてあって、それに手紙が付けられてある。
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年月をまつに引かれて経《ふ》る人に今日《けふ》鶯の初音《はつね》聞かせよ
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「音せぬ里の」(今日だにも初音聞かせよ鶯の音せぬ里は住むかひもなし)と書かれてあるのを読んで、源氏は身にしむように思った。正月ながらもこぼれてくる涙をどうしようもないふうであった。
「この返事は自分でなさい。きまりが悪いなどと気どっていてよい相手でない」
源氏はこう言いながら、硯《すずり》の世話などをやきながら姫君に書かせていた。かわいい姿で、毎日見ている人さえだれも見飽かぬ気のするこの人を、別れた日から今日まで見せてやっていないことは、真実の母親に罪作りなことであると源氏は心苦しく思った。
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引き分かれ年は経《ふ》れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや
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少女の作でありのままに過ぎた歌である。
夏の夫人の住居《すまい》は時候違いのせいか非常に静かであった。わざと風流がった所もなく、品よく、貴女《きじょ》の家らしく住んでいた。源氏と夫人の二人の仲にはもう少しの隔てというものもなくなって、徹底した友
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