いた。母君がどうおなりになったか知れないようなことになって、せめて姫君を人並みな幸福な方にしないではと、自分らは念じているのに、田舎武士《いなかざむらい》などに嫁《とつ》がせておしまいすることなどは堪えうることでないと思っていることも知らずに、自身の力を過信している監は、手紙を書いて送ってきたりするのである。字などもちょっときれいで、唐紙《とうし》に香の薫《かお》りの染《し》ませたのに書いて来る手紙も、文章も物になってはいなかった。また自身も親しくなった少弐家の次男とつれ立って訪《たず》ねて来た。年は三十くらいの男で、背が高くて、ものものしく肥っている。きたなくは思われないが、いろいろ先入主になっていることがあって、見た感じがうとましい。荒々しい様子は見ただけでも恐ろしい気がした。血色がよくて快活ではあるが、涸《か》れ声で語り散らす。求婚者は夜に訪問するものになっているが、これは風変わりな春の夕方のことであった。秋ではないが怪しい気持ち(何時《いつ》とても恋しからずはあらねども秋の夕べは怪しかりけり)になったのかもしれない。機嫌《きげん》をそこねまいとして未亡人のおとど[#「おとど」に傍点]が出て応接した。
「お亡《かく》れになった少弐は人情味のたっぷりとあるりっぱなお役人でしたからぜひ御懇親を願いたいと思いながら、こちらの尊敬心をお見せできなかったうちにお気の毒に死んでおしまいになったから、そのかわりに御遺族へ敬意を表しようと思って、奮発して、一所懸命になって、しいて参りました。こちらにおいでになる姫君が御身分のいいことを私は聞いていて、尊敬申してますが、妻になっていただきたいのだ。我輩《わがはい》は一家の御主人と思って頭の上へ載せんばかりにしてですね、大事にいたしますよ。あなたがこの縁組みにあまり御賛成にならないというのは、私がこれまで幾人《いくたり》ものつまらない女と関係してきたことで、いやがられているのではありませんか。たとえそんな女どもが私についているとしても、そいつらに姫君といっしょの扱いなどをするものですかい。我輩は姫君を后《きさき》の位から落とすつもりはない」
 などと勝手なことを監《げん》は言い続けた。
「いえ、不賛成などと、そんなことはありません。非常に結構なお話だと私は思っているのですがね。何という不運なのでしょう、あの人は並み並みに一人前の女に成り切っていないところがありましてね、自分は結婚のできない身体《からだ》だとあきらめていますが、かわいそうでも、私どもの力ではどうにもならないのでございます」
 と、おとど[#「おとど」に傍点]は言った。
「決して遠慮をなさるには及びませんよ。どんな盲目《めくら》でも、いざりでも私は護《まも》っていってあげます。我輩《わがはい》が人並みの身体に直してあげますよ。肥後一国の神仏は我輩の意志どおりに何事も加勢してくれますからね」
 などと監《げん》は誇っていた。結婚の日どりも何日《いつ》ごろというようなことを監が言うと、おとど[#「おとど」に傍点]のほうでは、今月は春の季の終わりで結婚によろしくないというような田舎めいた口実で断わる。縁側から下《お》りて行く時になって、監は歌を作って見せたくなった。やや長く考えてから言い出す。

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「君にもし心たがはば松浦《まつら》なるかがみの神をかけて誓はん
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 この和歌は我輩の偽らない感情がうまく表現できたと思います」
 と監は笑顔《えがお》を見せた。おとど[#「おとど」に傍点]はすべてのことが調子はずれな田舎武士に、返歌などをする気にはなれないのであったが、娘たちに歌を詠《よ》めと言うと、
「私など、お母さんだってそうでしょう。自失している体《てい》よ」
 こう言って聞かない。おとど[#「おとど」に傍点]は興味のない返歌をやっと出まかせふうに言った。

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年を経て祈る心のたがひなばかがみの神をつらしとや見ん
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 先刻からの気味悪さにおとど[#「おとど」に傍点]は慄《ふる》え声になっていた。
「お待ちなさい。そのお返事の内容だが」
 監《げん》がのっそりと寄って来て、腑《ふ》に落ちぬという顔をするのを見て、おとど[#「おとど」に傍点]は真青《まっさお》になってしまった。娘たちはあんなに言っていたものの、こうなっては気強く笑って出て行った。
「それはね、お嬢様が世間並みの方でないことから、母がこの御縁の成立した時に、恨めしくお思いにならないかということを、もうぼけております母が神様のお名などを入れて、変に詠《よ》んだだけの歌ですよ」
 とこじつけて聞かせた。正解したところで求婚者へのお愛想《あいそ》歌なのであるが、
「ああもっとも、もっと
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