に琵琶の弾けるという人はあまりなくなりました。何親王、何の源氏」
 などと大臣は数えたあとで、
「女では太政大臣が嵯峨《さが》の山荘に置いておく人というのが非常に巧《うま》いそうですね。さかのぼって申せば音楽の天才の出た家筋ですが、京官から落伍《らくご》して地方にまで行った男の娘に、どうしてそんな上手《じょうず》が出て来たのでしょう。源氏の大臣はよほど感心していられると見えて、何かのおりにはよくその人の話をせられます。ほかの芸と音楽は少し性質が変わっていて、多く聞き、多くの人と合わせてもらうことでずっと進歩するものですが、独習をしていて、その域に達したというのは珍しいことです」
 こんな話もしたが、大臣は宮にお弾きになることをお奨《すす》めした。
「もう絃《いと》を押すことなどが思うようにできなくなりましたよ」
 とお言いになりながらも、宮は上手に琴をお弾きになった。
「その山荘の人というのは、幸福な人であるばかりでなく、すぐれた聡明《そうめい》な人らしいですね。私に預けてくだすったのは男の子一人であの方の女の子もできていたらどんなによかったろうと思う女の子をその人は生んで、しかも自分がつれていては子供の不幸になることをよく理解して、りっぱな奥さんのほうへその子を渡したことなどを、感心なものだと私も話に聞きました」
 こんな話を大宮はあそばした。
「女は頭のよさでどんなにも出世ができるものですよ」
 などと内大臣は人の批評をしていたのであるが、それが自家の不幸な話に移っていった。
「私は女御を完全でなくても、どんなことも人より劣るような娘には育て上げなかったつもりなんですが、意外な人に負ける運命を持っていたのですね。人生はこんなに予期にはずれるものかと私は悲観的になりました。この子だけでも私は思うような幸運をになわせたい、東宮の御元服はもうそのうちのことであろうかと、心中ではその希望を持っていたのですが、今のお話の明石《あかし》の幸運女が生んだお后の候補者があとからずんずん生長してくるのですからね。その人が後宮へはいったら、ましてだれが競争できますか」
 大臣が歎息するのを宮は御覧になって、
「必ずしもそうとは言われませんよ。この家からお后の出ないようなことは絶対にないと私は思う。そのおつもりで亡《な》くなられた大臣も女御の世話を引き受けて皆なすったのだものね。大臣がおいでになったらこんな意外な結果は見なかったでしょう」
 この問題でだけ大宮は源氏を恨んでおいでになった。姫君がこぢんまりとした美しいふうで、十三|絃《げん》の琴を弾いている髪つき、顔と髪の接触点の美などの艶《えん》な上品さに大臣がじっと見入っているのを姫君が知って、恥ずかしそうにからだを少し小さくしている横顔がきれいで、絃《いと》を押す手つきなどの美しいのも絵に描いたように思われるのを、大宮も非常にかわいく思召《おぼしめ》されるふうであった。姫君はちょっと掻《か》き合わせをした程度で弾きやめて琴を前のほうへ押し出した。内大臣は大和琴《やまとごと》を引き寄せて、律の調子の曲のかえって若々しい気のするものを、名手であるこの人が、粗弾《あらび》きに弾き出したのが非常におもしろく聞こえた。外では木の葉がほろほろとこぼれている時、老いた女房などは涙を落としながらあちらこちらの几帳《きちょう》の蔭《かげ》などに幾人かずつ集まってこの音楽に聞き入っていた。「風《かぜ》の力|蓋《けだ》し少なし」(|落葉俟[#二]微※[#「風+(火/(火+火)」、第3水準1−94−8][#一]以隕《らくえふびふうをまつてもつておつ》、而風之力蓋寡《しかうしてかぜのちからけだしすくなし》、|孟嘗遭[#二]雍門[#一]而泣《まうしやうがようもんにあひてなく》、琴之感以末《きんのかんもつてすゑなり》。)と文選《もんぜん》の句を大臣は口ずさんで、
「琴の感じではないが身にしむ夕方ですね。もう少しお弾きになりませんか」
 と大臣は大宮にお勧めして、秋風楽を弾きながら歌う声もよかった。宮はこの座の人は御孫女《ごそんじょ》ばかりでなく、大きな大臣までもかわいく思召された。そこへいっそうの御満足を加えるように源氏の若君が来た。
「こちらへ」
 と宮はお言いになって、お居間の中の几帳を隔てた席へ若君は通された。
「あなたにはあまり逢いませんね。なぜそんなにむきになって学問ばかりをおさせになるのだろう。あまり学問のできすぎることは不幸を招くことだと大臣も御体験なすったことなのだけれど、あなたをまたそうおしつけになるのだね、わけのあることでしょうが、ただそんなふうに閉じ込められていてあなたがかわいそうでならない」
 と内大臣は言った。
「時々は違ったこともしてごらんなさい。笛だって古い歴史を持った音楽で、いいものなの
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