も源氏は泣くことをやめないのであった。夫人はどんな夢であったのであろうと思うと、自分だけが別物にされた寂しさを覚えて、じっとみじろぎもせずに寝ていた。
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とけて寝ぬ寝|覚《ざ》めさびしき冬の夜に結ぼほれつる夢のみじかさ
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源氏の歌である。夢に死んだ恋人を見たことに心は慰まないで、かえって恋しさ悲しさのまさる気のする源氏は、早く起きてしまって、何とは表面に出さずに、誦経《ずきょう》を寺へ頼んだ。苦しい目を見せるとお恨みになったのもきっとそういう気のあそばすことであろうと源氏に悟れるところがあった。仏勤めをなされたほかに民衆のためにも功徳を多くお行ないになった宮が、あの一つの過失のためにこの世での罪障が消滅し尽くさずにいるかと、深く考えてみればみるほど源氏は悲しくなった。自分はどんな苦行をしても寂しい世界に贖罪《しょくざい》の苦しみをしておいでになる中宮の所へ行って、罪に代わっておあげすることがしたいと、こんなことをつくづくと思い暮らしていた。中宮のために仏事を自分の行なうことはどんな簡単なことであっても世間の疑いを受けることに違いない、帝《みかど》の御心《みこころ》の鬼に思召《おぼしめ》し合わすことになってもよろしくないと源氏ははばかられて、ただ一人心で阿弥陀仏《あみだぶつ》を念じ続けた。同じ蓮華《れんげ》の上に生まれしめたまえと祈ったことであろう。
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なき人を慕ふ心にまかせてもかげ見ぬ水の瀬にやまどはん
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と思うと悲しかったそうである。
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(訳注) 源氏の君三十二歳。
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底本:「全訳源氏物語 上巻」角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年8月10日改版初版発行
1994(平成6)年12月20日56版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年4月5日71版を使用しました。
※「どんなに長い年月の間あなたをお思いしているかということだけは知っていてくださるはずだと思いまして、私は歎《なげ》きながらも希望を持っております。」の部分は、手紙の一部であると判断し、他の箇所
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