帳《きちょう》をとおしてさしていたから、あるいは見えることがあろうかと静かに寄って几帳の綻《ほころ》びからのぞくと、明るくはない光の中に昔の恋人の姿があった。美しくはなやかに思われるほどに切り残した髪が背にかかっていて、脇息によった姿は絵のようであった。源氏は哀れでたまらないような気がした。帳台の東寄りの所で身を横たえている人は前斎宮でおありになるらしい。几帳の垂《た》れ絹が乱れた間からじっと目を向けていると、宮は頬杖《ほおづえ》をついて悲しそうにしておいでになる。少ししか見えないのであるが美人らしく見えた。髪のかかりよう、頭の形などに気高《けだか》い美が備わりながらまた近代的なはなやかな愛嬌《あいきょう》のある様子もわかった。御息所があんなに阻止的に言っているのであるからと思って、源氏は動く心をおさえた。
「私はとてもまた苦しくなってまいりました。失礼でございますからもうお帰りくださいませ」
と御息所は言って、女房の手を借りて横になった。
「私が伺ったので少しでも御気分がよくなればよかったのですが、お気の毒ですね。どんなふうに苦しいのですか」
と言いながら、源氏が牀《とこ》をのぞこうとするので、御息所は女房に別れの言葉を伝えさせた。
「長くおいでくださいましては物怪《もののけ》の来ている所でございますからお危《あぶの》うございます。病気のこんなに悪くなりました時分に、おいでくださいましたことも深い御因縁のあることとうれしく存じます。平生思っておりましたことを少しでもお話のできましたことで、あなたは遺族にお力を貸してくださるでしょうと頼もしく思われます」
「大事な御遺言を私にしてくださいましたことをうれしく存じます。院の皇女がたはたくさんいらっしゃるのですが、私と親しくしてくださいます方はあまりないのですから、斎宮を院が御自身の皇女の列に思召《おぼしめ》されましたとおりに私も思いまして、兄弟として睦《むつ》まじくいたしましょう。それに私はもう幾人もの子があってよい年ごろになっているのですから、私の物足りなさを斎宮は補ってくださるでしょう」
などと言い置いて源氏は帰った。それからは源氏の見舞いの使いが以前よりもまた繁々《しげしげ》行った。そうして七、八日ののちに御息所は死んだ。無常の人生が悲しまれて、心細くなった源氏は参内もせずに引きこもっていて、御息所の葬儀についての指図《さしず》を下しなどしていた。前の斎宮司の役人などで親しく出入りしていた者などがわずかに来て葬式の用意に奔走するにすぎない六条邸であった。侍臣を送ったあとで源氏自身も葬家へ来た。斎宮に弔詞を取り次がせると、
「ただ今は何事も悲しみのためにわかりませんので」
と女別当《にょべっとう》を出してお言わせになった。
「私に御遺言をなすったこともありますから、ただ今からは私を睦《むつ》まじい者と思召《おぼしめ》してくださいましたら幸《しあわ》せです」
と源氏は言ってから、宮家の人々を呼び出していろいろすることを命じた。非常に頼もしい態度であったから、昔は多少恨めしがっていた一家の人々の感情も解消されていくようである。源氏のほうから葬儀員が送られ、無数の使用人が来て御息所の葬儀はきらやかに執行されたのであった。
源氏は寂しい心を抱いて、昔を思いながら居間の御簾《みす》を下《お》ろしこめて精進の日を送り仏勤めをしていた。前斎宮へは始終見舞いの手紙を送っていた。宮のお悲しみが少し静まってきたころからは御自身で返事もお書きになるようになった。それを恥ずかしく思召すのであったが、乳母《めのと》などから、
「もったいないことでございますから」
と言って、自筆で書くことをお勧められになるのである。雪が霙《みぞれ》となり、また白く雪になるような荒日和《あれびより》に、宮がどんなに寂しく思っておいでになるであろうと想像をしながら源氏は使いを出した。
[#ここから1字下げ]
こういう天気の日にどういうお気持ちでいられますか。
[#ここから2字下げ]
降り乱れひまなき空に亡《な》き人の天《あま》がけるらん宿ぞ悲しき
[#ここで字下げ終わり]
という手紙を送ったのである。紙は曇った空色のが用いられてあった。若い人の目によい印象があるようにと思って、骨を折って書いた源氏の字はまぶしいほどみごとであった。宮は返事を書きにくく思召したのであるが、
「われわれから御|挨拶《あいさつ》をいたしますのは失礼でございますから」
と女房たちがお責めするので、灰色の紙の薫香《くんこう》のにおいを染ませた艶《えん》なのへ、目だたぬような書き方にして、
[#ここから2字下げ]
消えがてにふるぞ悲しきかきくらしわが身それとも思ほえぬ世に
[#ここで字下げ終わり]
とお書きになった。おとな
前へ
次へ
全11ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング