ていなければ起こってこないわけである。恋愛というほどのことではなくても、軽薄な者には初めから興味が持てないわけであるのにと思って、彼女らを相手にはしゃいでいる人たちを軽蔑《けいべつ》した。
明石の君は源氏の一行が浪速《なにわ》を立った翌日は吉日でもあったから住吉へ行って御幣《みてぐら》を奉った。その人だけの願も果たしたのである。郷里へ帰ってからは以前にも増した物思いをする人になって、人数《ひとかず》でない身の上を歎《なげ》き暮らしていた。もう京へ源氏の着くころであろうと思ってから間もなく源氏の使いが明石へ来た。近いうちに京へ迎えたいという手紙を持って来たのである。頼もしいふうに恋人の一人として認められている自分であるが、故郷を立って京へ出たのちにまで源氏の愛は変わらずに続くものであろうかと考えられることによって女は苦しんでいた。入道も手もとから娘を離してやることは不安に思われるのであるが、そうかといってこのまま田舎に置くことも悲惨な気がして源氏との関係が生じなかった時代よりもかえって苦労は多くなったようであった。女からは源氏をめぐるまぶしい人たちの中へ出て行く自信がなくて出京はできないという返事をした。
この御代《みよ》になった初めに斎宮もお変わりになって、六条の御息所《みやすどころ》は伊勢《いせ》から帰って来た。それ以来源氏はいろいろと昔以上の好意を表しているのであるが、なお若かった日すらも恨めしい所のあった源氏の心のいわば余炎ほどの愛を受けようとは思わない、もう二人に友人以上の交渉があってはならないと御息所は決めていたから、源氏も自身で訪ねて行くようなことはしないのである。しいて旧情をあたためることに同意をさせても、自分ながらもまた女を恨めしがらせる結果にならないとは保証ができないというように源氏は思っていたし、女の家へ通うことなども今では人目を引くことが多くなっていることでもあって、待つと言わない人をしいて訪ねて行くことはしなかった。斎宮がどんなにりっぱな貴女《きじょ》になっておいでになるであろうと、それを目に見たく思っていた。御息所は六条の旧邸をよく修繕してあくまでも高雅なふうに暮らしていた。洗練された趣味は今も豊かで、よい女房の多い所として風流男の訪問が絶えない。寂しいようではあるが思い上がった貴女にふさわしい生活であると見えたが、にわかに重い病気になって心細くなった御息所は、伊勢という神の境にあって仏教に遠ざかっていた幾年かのことが恐ろしく思われて尼になった。源氏は聞いて、恋人として考えるよりも、首肯される意見を持つよき相談相手と信じていたその人の生命《いのち》が惜しまれて、驚きながら六条邸を見舞った。源氏は真心から御息所をいたわり、御息所を慰める言葉を続けた。病床の近くに源氏の座があって、御息所は脇息《きょうそく》に倚りかかりながらものを言っていた。非常に衰弱の見える昔の恋人のために源氏は泣いた。どれほど愛していたかをこの人に実証して見せることができないままで死別をせねばならぬかと残念でならないのである。この源氏の心が御息所に通じたらしくて、誠意の認められる昔の恋人に御息所は斎宮のことを頼んだ。
「孤児になるのでございますから、何かの場合に子の一人と思ってお世話をしてくださいませ。ほかに頼んで行く人はだれもない心細い身の上なのです。私のような者でも、もう少し人生というもののわかる年ごろまでついていてあげたかったのです」
こう言ったあとで、そのまま気を失うのではないかと思われるほど御息所は泣き続けた。
「あなたのお言葉がなくてもむろん私は父と変わらない心で斎宮を思っているのですから、ましてあなたが御病中にもこんなに御心配になって私へお話しになることは、どこまでも責任を持ってお受け合いします。気がかりになどは少しもお思いになることはありませんよ」
などと源氏が言うと、
「でもなかなかお骨の折れることでございますよ。あとを頼まれた人がほんとうの父親であっても、それでも母親のない娘は心細いことだろうと思われますからね。まして恋人の列になどお入れになっては、思わぬ苦労をすることでしょうし、またほかの方を不快にもさせることだろうと思います。悪い想像ですが決してそんなふうにお取り扱いにならないでね。私自身の経験から、あの人は恋愛もせず一生処女でいる人にさせたいと思います」
御息所はこう言った。意外な忖度《そんたく》までもするものであると思ったが源氏はまた、
「近年の私がどんなにまじめな人間になっているかをご存じでしょう。昔の放縦な生活の名残《なごり》をとどめているようにおっしゃるのが残念です。自然おわかりになってくることでしょうが」
と言った。もう外は暗くなっていた。ほのかな灯影《ほかげ》が病牀《びょうしょう》の几
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