悶《はんもん》をしております心をお察しください。ただ今よく眠っております人に今朝また逢ってまいることは、私の旅の思い立ちを躊躇《ちゅうちょ》させることになるでございましょうから、冷酷であるでしょうがこのまままいります」
 と源氏は宮へ御|挨拶《あいさつ》を返したのである。帰って行く源氏の姿を女房たちは皆のぞいていた。落ちようとする月が一段明るくなった光の中を、清艶《せいえん》な容姿で、物思いをしながら出て行く源氏を見ては、虎《とら》も狼《おおかみ》も泣かずにはいられないであろう。ましてこの人たちは源氏の少年時代から侍していたのであるから、言いようもなくこの別れを悲しく思ったのである。源氏の歌に対して宮のお返しになった歌は、

[#ここから2字下げ]
亡《な》き人の別れやいとど隔たらん煙となりし雲井ならでは
[#ここで字下げ終わり]

 というのである。今の悲しみに以前の死別の日の涙も添って流れる人たちばかりで、左大臣家は女のむせび泣きの声に満たされた。
 源氏が二条の院へ帰って見ると、ここでも女房は宵《よい》からずっと歎《なげ》き明かしたふうで、所々にかたまって世の成り行きを悲しんでい
前へ 次へ
全59ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング