何も言わずに泣いているばかりである。
 若君の乳母《めのと》の宰相の君が使いになって、大臣夫人の宮の御|挨拶《あいさつ》を伝えた。
「お目にかかってお話も伺いたかったのですが、悲しみが先だちまして、どうしようもございませんでしたうちに、もうこんなに早くお出かけになるそうです。そうなさらないではならないことになっておりますことも何という悲しいことでございましょう。哀れな人が眠りからさめますまでお待ちになりませんで」
 聞いていて源氏は、泣きながら、

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鳥部《とりべ》山燃えし煙もまがふやと海人《あま》の塩焼く浦見にぞ行く
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 これをお返事の詞《ことば》ともなく言っていた。
「夜明けにする別れはみなこんなに悲しいものだろうか。あなた方は経験を持っていらっしゃるでしょう」
「どんな時にも別れは悲しゅうございますが、今朝《けさ》の悲しゅうございますことは何にも比較ができると思えません」
 宰相の君の声は鼻声になっていて、言葉どおり深く悲しんでいるふうであった。
「ぜひお話ししたく存じますこともあるのでございますが、さてそれも申し上げられませんで煩
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