おぼしめ》したが、ほかに適当な方がなかったのである。斎院就任の初めの儀式は古くから決まった神事の一つで簡単に行なわれる時もあるが、今度はきわめて派手《はで》なふうに行なわれるらしい。斎院の御勢力の多少にこんなこともよるらしいのである。御禊《ごけい》の日に供奉《ぐぶ》する大臣は定員のほかに特に宣旨《せんじ》があって源氏の右大将をも加えられた。物見車で出ようとする人たちは、その日を楽しみに思い晴れがましくも思っていた。
二条の大通りは物見の車と人とで隙《すき》もない。あちこちにできた桟敷《さじき》は、しつらいの趣味のよさを競って、御簾《みす》の下から出された女の袖口《そでぐち》にも特色がそれぞれあった。祭りも祭りであるがこれらは見物する価値を十分に持っている。左大臣家にいる葵夫人はそうした所へ出かけるようなことはあまり好まない上に、生理的に悩ましいころであったから、見物のことを、念頭に置いていなかったが、
「それではつまりません。私たちどうしで見物に出ますのではみじめで張り合いがございません、今日はただ大将様をお見上げすることに興味が集まっておりまして、労働者も遠い地方の人までも、はるばると妻や子をつれて京へ上って来たりしておりますのに奥様がお出かけにならないのはあまりでございます」
と女房たちの言うのを母君の宮様がお聞きになって、
「今日はちょうどあなたの気分もよくなっていることだから。出ないことは女房たちが物足りなく思うことだし、行っていらっしゃい」
こうお言いになった。それでにわかに供廻《ともまわ》りを作らせて、葵夫人は御禊《みそぎ》の行列の物見車の人となったのである。邸《やしき》を出たのはずっと朝もおそくなってからだった。この一行はそれほどたいそうにも見せないふうで出た。車のこみ合う中へ幾つかの左大臣家の車が続いて出て来たので、どこへ見物の場所を取ろうかと迷うばかりであった。貴族の女の乗用らしい車が多くとまっていて、つまらぬ物の少ない所を選んで、じゃまになる車は皆|除《の》けさせた。その中に外見《そとみ》は網代車《あじろぐるま》の少し古くなった物にすぎぬが、御簾の下のとばりの好みもきわめて上品で、ずっと奥のほうへ寄って乗った人々の服装の優美な色も童女の上着の汗袗《かざみ》の端の少しずつ洩《も》れて見える様子にも、わざわざ目立たぬふうにして貴女《きじょ》の来ていることが思われるような車が二台あった。
「このお車はほかのとは違う。除《の》けられてよいようなものじゃない」
と言ってその車の者は手を触れさせない。双方に若い従者があって、祭りの酒に酔って気の立った時にすることははなはだしく手荒いのである。馬に乗った大臣家の老家従などが、
「そんなにするものじゃない」
と止めているが、勢い立った暴力を止めることは不可能である。斎宮《さいぐう》の母君の御息所《みやすどころ》が物思いの慰めになろうかと、これは微行で来ていた物見車であった。素知らぬ顔をしていても左大臣家の者は皆それを心では知っていた。
「それくらいのことでいばらせないぞ、大将さんの引きがあると思うのかい」
などと言うのを、供の中には源氏の召使も混じっているのであるから、抗議をすれば、いっそう面倒《めんどう》になることを恐れて、だれも知らない顔を作っているのである。とうとう前へ大臣家の車を立て並べられて、御息所の車は葵夫人の女房が乗った幾台かの車の奥へ押し込まれて、何も見えないことになった。それを残念に思うよりも、こんな忍び姿の自身のだれであるかを見現わしてののしられていることが口惜《くちお》しくてならなかった。車の轅《ながえ》を据《す》える台なども脚《あし》は皆折られてしまって、ほかの車の胴へ先を引き掛けてようやく中心を保たせてあるのであるから、体裁の悪さもはなはだしい。どうしてこんな所へ出かけて来たのかと御息所は思うのであるが今さらしかたもないのである。見物するのをやめて帰ろうとしたが、他の車を避《よ》けて出て行くことは困難でできそうもない。そのうちに、
「見えて来た」
と言う声がした。行列をいうのである。それを聞くと、さすがに恨めしい人の姿が待たれるというのも恋する人の弱さではなかろうか。
源氏は御息所の来ていることなどは少しも気がつかないのであるから、振り返ってみるはずもない。気の毒な御息所である。前から評判のあったとおりに、風流を尽くした物見車にたくさんの女の乗り込んでいる中には、素知らぬ顔は作りながらも源氏の好奇心を惹《ひ》くのもあった。微笑《ほほえみ》を見せて行くあたりには恋人たちの車があったことと思われる。左大臣家の車は一目で知れて、ここは源氏もきわめてまじめな顔をして通ったのである。行列の中の源氏の従者がこの一団の車には敬意を表して通った。侮
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