的に結婚をしてもよい時期に達しているように思えた。おりおり過去の二人の間でかわしたことのないような戯談《じょうだん》を言いかけても紫の君にはその意が通じなかった。つれづれな源氏は西の対にばかりいて、姫君と扁隠《へんかく》しの遊びなどをして日を暮らした。相手の姫君のすぐれた芸術的な素質と、頭のよさは源氏を多く喜ばせた。ただ肉親のように愛撫《あいぶ》して満足ができた過去とは違って、愛すれば愛するほど加わってくる悩ましさは堪えられないものになって、心苦しい処置を源氏は取った。そうしたことの前もあとも女房たちの目には違って見えることもなかったのであるが、源氏だけは早く起きて、姫君が床を離れない朝があった。女房たちは、
「どうしてお寝《やす》みになったままなのでしょう。御気分がお悪いのじゃないかしら」
とも言って心配していた。源氏は東の対へ行く時に硯《すずり》の箱を帳台の中へそっと入れて行ったのである。だれもそばへ出て来そうでない時に若紫は頭を上げて見ると、結んだ手紙が一つ枕《まくら》の横にあった。なにげなしにあけて見ると、
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あやなくも隔てけるかな夜を重ねさすがに馴《な》れし中の衣を
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と書いてあるようであった。源氏にそんな心のあることを紫の君は想像もして見なかったのである。なぜ自分はあの無法な人を信頼してきたのであろうと思うと情けなくてならなかった。昼ごろに源氏が来て、
「気分がお悪いって、どんなふうなのですか。今日は碁もいっしょに打たないで寂しいじゃありませんか」
のぞきながら言うとますます姫君は夜着を深く被《かず》いてしまうのである。女房が少し遠慮をして遠くへ退《の》いて行った時に、源氏は寄り添って言った。
「なぜ私に心配をおさせになる。あなたは私を愛していてくれるのだと信じていたのにそうじゃなかったのですね。さあ機嫌《きげん》をお直しなさい、皆が不審がりますよ」
夜着をめくると、女王は汗をかいて、額髪もぐっしょりと濡《ぬ》れていた。
「どうしたのですか、これは。たいへんだ」
いろいろと機嫌をとっても、紫の君は心から源氏を恨めしくなっているふうで、一言もものを言わない。
「私はもうあなたの所へは来ない。こんなに恥ずかしい目にあわせるのだから」
源氏は恨みを言いながら硯箱をあけて見たが歌ははいっていなかった。
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