の一節を源氏も舞ったが、だれも追随しがたい巧妙さはそれだけにも見えた。左大臣は恨めしいことも忘れて落涙していた。
「頭中将はどうしたか、早く出て舞わぬか」
次いでその仰せがあって、柳花苑《りゅうかえん》という曲を、これは源氏のよりも長く、こんなことを予期して稽古がしてあったか上手《じょうず》に舞った。それによって中将は御衣《ぎょい》を賜わった。花の宴にこのことのあるのを珍しい光栄だと人々は見ていた。高級の官人もしまいには皆舞ったが、暗くなってからは芸の巧拙《こうせつ》がよくわからなくなった。詩の講ぜられる時にも源氏の作は簡単には済まなかった。句ごとに讃美の声が起こるからである。博士たちもこれを非常によい作だと思った。こんな時にもただただその人が光になっている源氏を、父君陛下がおろそかに思召すわけはない。中宮はすぐれた源氏の美貌がお目にとまるにつけても、東宮の母君の女御がどんな心でこの人を憎みうるのであろうと不思議にお思いになり、そのあとではまたこんなふうに源氏に関心を持つのもよろしくない心であると思召した。
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大かたに花の姿を見ましかばつゆも心のおかれましやは
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こんな歌はだれにもお見せになるはずのものではないが、どうして伝わっているのであろうか。夜がふけてから南殿の宴は終わった。
公卿《こうけい》が皆退出するし、中宮と東宮はお住居《すまい》の御殿へお帰りになって静かになった。明るい月が上ってきて、春の夜の御所の中が美しいものになっていった。酔いを帯びた源氏はこのままで宿直所《とのいどころ》へはいるのが惜しくなった。殿上《てんじょう》の役人たちももう寝《やす》んでしまっているこんな夜ふけにもし中宮へ接近する機会を拾うことができたらと思って、源氏は藤壺の御殿をそっとうかがってみたが、女房を呼び出すような戸口も皆閉じてしまってあったので、歎息《たんそく》しながら、なお物足りない心を満たしたいように弘徽殿の細殿の所へ歩み寄ってみた。三の口があいている。女御は宴会のあとそのまま宿直に上がっていたから、女房たちなどもここには少しよりいないふうがうかがわれた。この戸口の奥にあるくるる戸もあいていて、そして人音がない。こうした不用心な時に男も女もあやまった運命へ踏み込むものだと思って源氏は静かに縁側へ上がって中をのぞいた。だ
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