ろいろの秋の紅葉《もみじ》の散りかう中へ青海波の舞い手が歩み出た時には、これ以上の美は地上にないであろうと見えた。挿《かざ》しにした紅葉が風のために葉数の少なくなったのを見て、左大将がそばへ寄って庭前の菊を折ってさし変えた。日暮れ前になってさっと時雨《しぐれ》がした。空もこの絶妙な舞い手に心を動かされたように。
 美貌の源氏が紫を染め出したころの白菊を冠《かむり》に挿《さ》して、今日は試楽の日に超《こ》えて細かな手までもおろそかにしない舞振りを見せた。終わりにちょっと引き返して来て舞うところなどでは、人が皆清い寒気をさえ覚えて、人間界のこととは思われなかった。物の価値のわからぬ下人《げにん》で、木の蔭《かげ》や岩の蔭、もしくは落ち葉の中にうずもれるようにして見ていた者さえも、少し賢い者は涙をこぼしていた。承香殿《じょうきょうでん》の女御を母にした第四親王がまだ童形《どうぎょう》で秋風楽をお舞いになったのがそれに続いての見物《みもの》だった。この二つがよかった。あとのはもう何の舞も人の興味を惹《ひ》かなかった。ないほうがよかったかもしれない。今夜源氏は従三位《じゅさんみ》から正三位に上っ
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