は思い出して、源氏のいたずら書きをひどいと思いながらもしまいにはおかしくなった。

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「くれなゐのひとはな衣《ごろも》うすくともひたすら朽たす名をし立てずば
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 その我慢も人生の勤めでございますよ」
 理解があるらしくこんなことを言っている命婦もたいした女ではないが、せめてこれだけの才分でもあの人にあればよかったと源氏は残念な気がした。身分が身分である、自分から捨てられたというような気の毒な名は立てさせたくないと思うのが源氏の真意だった。ここへ伺候して来る人の足音がしたので、
「これを隠そうかね。男はこんな真似《まね》も時々しなくてはならないのかね」
 源氏はいまいましそうに言った。なぜお目にかけたろう、自分までが浅薄な人間に思われるだけだったと恥ずかしくなり命婦はそっと去ってしまった。
 翌日命婦が清涼殿に出ていると、その台盤所《だいばんどころ》を源氏がのぞいて、
「さあ返事だよ。どうも晴れがましくて堅くなってしまったよ」
 と手紙を投げた。おおぜいいた女官たちは源氏の手紙の内容をいろいろに想像した。「たたらめの花のごと、三笠《みかさ》の山の少女《をとめ》をば棄《す》てて」という歌詞を歌いながら源氏は行ってしまった。また赤い花の歌であると思うと、命婦はおかしくなって笑っていた。理由を知らない女房らは口々に、
「なぜひとり笑いをしていらっしゃるの」
 と言った。
「いいえ寒い霜の朝にね、『たたらめの花のごと掻練《かいねり》好むや』という歌のように、赤くなった鼻を紛らすように赤い掻練を着ていたのをいつか見つかったのでしょう」
 と大輔の命婦が言うと、
「わざわざあんな歌をお歌いになるほど赤い鼻の人もここにはいないでしょう。左近《さこん》の命婦さんか肥後《ひご》の采女《うねめ》がいっしょだったのでしょうか、その時は」
 などと、その人たちは源氏の謎《なぞ》の意味に自身らが関係のあるようにもないようにも言って騒いでいた。
 命婦が持たせてよこした源氏の返書を、常陸《ひたち》の宮では、女房が集まって大騒ぎして読んだ。

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逢《あ》はぬ夜を隔つる中の衣手《ころもで》に重ねていとど身も沁《し》みよとや
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 ただ白い紙へ無造作《むぞうさ》に書いてあるのが非常に美しい。
 三十日の夕方に宮家から贈った衣箱の中へ、源氏が他から贈られた白い小袖《こそで》の一重ね、赤紫の織物の上衣《うわぎ》、そのほかにも山吹《やまぶき》色とかいろいろな物を入れたのを命婦が持たせてよこした。
「こちらでお作りになったのがよい色じゃなかったというあてつけの意味があるのではないでしょうか」
 と一人の女房が言うように、だれも常識で考えてそうとれるのであるが、
「でもあれだって赤くて、重々しいできばえでしたよ。まさかこちらの好意がむだになるということはないはずですよ」
 老いた女どもはそう決めてしまった。
「お歌だって、こちらのは意味が強く徹底しておできになっていましたよ。御返歌は技巧が勝ち過ぎてますね」
 これもその連中の言うことである。末摘花《すえつむはな》も大苦心をした結晶であったから、自作を紙に書いておいた。
 元三日が過ぎてまた今年は男踏歌《おとことうか》であちらこちらと若い公達《きんだち》が歌舞をしてまわる騒ぎの中でも、寂しい常陸の宮を思いやっていた源氏は、七日の白馬《あおうま》の節会《せちえ》が済んでから、お常御殿を下がって、桐壺《きりつぼ》で泊まるふうを見せながら夜がふけてから末摘花の所へ来た。これまでに変わってこの家が普通の家らしくなっていた。女王の姿も少し女らしいところができたように思われた。すっかり見違えるほどの人にできればどんなに犠牲の払いがいがあるであろうなどとも源氏は思っていた。日の出るころまでもゆるりと翌朝はとどまっていたのである。東側の妻戸をあけると、そこから向こうへ続いた廊がこわれてしまっているので、すぐ戸口から日がはいってきた。少しばかり積もっていた雪の光も混じって室内の物が皆よく見えた。源氏が直衣《のうし》を着たりするのをながめながら横向きに寝た末摘花の頭の形もその辺の畳にこぼれ出している髪も美しかった。この人の顔も美しく見うる時が至ったらと、こんなことを未来に望みながら格子《こうし》を源氏が上げた。かつてこの人を残らず見てしまった雪の夜明けに後悔されたことも思い出して、ずっと上へは格子を押し上げずに、脇息《きょうそく》をそこへ寄せて支えにした。源氏が髪の乱れたのを直していると、非常に古くなった鏡台とか、支那《しな》出来の櫛箱《くしばこ》、掻《か》き上げの箱などを女房が運んで来た。さすがに普通の所にはちょっとそろえてあるものでもない男専用の
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