誰《たれ》かたづぬる
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 こんなふうに私が始終あなたについて歩いたらお困りになるでしょう、あなたはね」
「しかし、恋の成功はよい随身をつれて行くか行かないかで決まることもあるでしょう。これからはごいっしょにおつれください。お一人歩きは危険ですよ」
 頭中将はこんなことを言った。頭中将に得意がられていることを源氏は残念にも思ったが、あの撫子《なでしこ》の女が自身のものになったことを中将が知らないことだけが内心には誇らしかった。源氏にも頭中将にも第二の行く先は決まっていたが、戯談《じょうだん》を言い合っていることがおもしろくて、別れられずに一つの車に乗って、朧月夜《おぼろづきよ》の暗くなった時分に左大臣家に来た。前駆に声も立てさせずに、そっとはいって、人の来ない廊の部屋で直衣《のうし》に着かえなどしてから、素知らぬ顔で、今来たように笛を吹き合いながら源氏の住んでいるほうへ来たのである。その音《ね》に促されたように左大臣は高麗笛《こまぶえ》を持って来て源氏へ贈った。その笛も源氏は得意であったからおもしろく吹いた。合奏のために琴も持ち出されて女房の中でも音楽のできる人たちが選ばれて弾《ひ》き手になった。琵琶《びわ》が上手《じょうず》である中将という女房は、頭中将に恋をされながら、それにはなびかないで、このたまさかにしか来ない源氏の心にはたやすく従ってしまった女であって、源氏との関係がすぐに知れて、このごろは大臣の夫人の内親王様も中将を快くお思いにならなくなったのに悲観して、今日も仲間から離れて物蔭《ものかげ》で横になっていた。源氏を見る機会のない所へ行ってしまうのもさすがに心細くて、煩悶《はんもん》をしているのである。楽音の中にいながら二人の貴公子はあの荒れ邸の琴の音を思い出していた。ひどくなった家もおもしろいもののようにばかり思われて、空想がさまざまに伸びていく。可憐《かれん》な美人が、あの家の中で埋没されたようになって暮らしていたあとで、発見者の自分の情人にその人がなったら、自分はまたその人の愛におぼれてしまうかもしれない。それで方々で物議が起こることになったらまたちょっと自分は困るであろうなどとまで頭中将は思った。源氏が決してただの気持ちであの邸を訪問したのではないことだけは確かである。先を越すのはこの人であるかもしれないと思うと、頭中将は口
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