がって申し上げます。この話だけは困ってしまいました」
 なお言おうとしないのを、源氏は例のようにこの女がまた思わせぶりを始めたと見ていた。
「常陸の宮から参ったのでございます」
 こう言って命婦は手紙を出した。
「じゃ何も君が隠さねばならぬわけもないじゃないか」
 こうは言ったが、受け取った源氏は当惑した。もう古くて厚ぼったくなった檀紙《だんし》に薫香《くんこう》のにおいだけはよくつけてあった。ともかくも手紙の体《てい》はなしているのである。歌もある。

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唐衣《からごろも》君が心のつらければ袂《たもと》はかくぞそぼちつつのみ
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 何のことかと思っていると、おおげさな包みの衣裳箱《いしょうばこ》を命婦は前へ出した。
「これがきまり悪くなくてきまりの悪いことってございませんでしょう。お正月のお召《めし》にというつもりでわざわざおつかわしになったようでございますから、お返しする勇気も私にございません。私の所へ置いておきましても先様の志を無視することになるでしょうから、とにかくお目にかけましてから処分をいたすことにしようと思うのでございます」
「君の所へ留めて置かれたらたいへんだよ。着物の世話をしてくれる家族もないのだからね、御親切をありがたく受けるよ」
 とは言ったが、もう戯談《じょうだん》も口から出なかった。それにしてもまずい歌である。これは自作に違いない、侍従がおれば筆を入れるところなのだが、そのほかには先生はないのだからと思うと、その人の歌作に苦心をする様子が想像されておかしくて、
「もったいない貴婦人と言わなければならないのかもしれない」
 と言いながら源氏は微笑して手紙と贈り物の箱をながめていた。命婦は真赤《まっか》になっていた。臙脂《えんじ》の我慢のできないようないやな色に出た直衣《のうし》で、裏も野暮《やぼ》に濃い、思いきり下品なその端々が外から見えているのである。悪感を覚えた源氏が、女の手紙の上へ無駄《むだ》書きをするようにして書いているのを命婦が横目で見ていると、

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なつかしき色ともなしに何にこの末摘花《すゑつむはな》を袖《そで》に触れけん
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 色濃き花と見しかども、とも読まれた。花という字にわけがありそうだと、月のさし込んだ夜などに時々見た女王の顔を命婦
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