夜から頭を混乱させている女王は、形式的に言えばいいこんな時の返歌も作れない。夜が更《ふ》けてしまうからと侍従が気をもんで代作した。
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晴れぬ夜の月待つ里を思ひやれ同じ心にながめせずとも
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書くことだけは自身でなければならないと皆から言われて、紫色の紙であるが、古いので灰色がかったのへ、字はさすがに力のある字で書いた。中古の書風である。一所も散らしては書かず上下そろえて書かれてあった。
失望して源氏は手紙を手から捨てた。今夜自分の行かないことで女はさぞ煩悶《はんもん》をしているであろうとそんな情景を心に描いてみる源氏も煩悶はしているのだった。けれども今さらしかたのないことである、いつまでも捨てずに愛してやろうと、源氏は結論としてこう思ったのであるが、それを知らない常陸《ひたち》の宮家の人々はだれもだれも暗い気持ちから救われなかった。
夜になってから退出する左大臣に伴われて源氏はその家へ行った。行幸の日を楽しみにして、若い公達《きんだち》が集まるとその話が出る。舞曲の勉強をするのが仕事のようになっていたころであったから、どこの家でも楽器の音をさせているのである。左大臣の子息たちも、平生の楽器のほかの大篳篥《おおひちりき》、尺八などの、大きいものから太い声をたてる物も混ぜて、大がかりの合奏の稽古《けいこ》をしていた。太鼓までも高欄の所へころがしてきて、そうした役はせぬことになっている公達が自身でたたいたりもしていた。こんなことで源氏も毎日|閑暇《ひま》がない。心から恋しい人の所へ行く時間を盗むことはできても、常陸の宮へ行ってよい時間はなくて九月が終わってしまった。それでいよいよ行幸の日が近づいて来たわけで、試楽とか何とか大騒ぎするころに命婦《みょうぶ》は宮中へ出仕した。
「どうしているだろう」
源氏は不幸な相手をあわれむ心を顔に見せていた。大輔《たゆう》の命婦はいろいろと近ごろの様子を話した。
「あまりに御冷淡です。その方でなくても見ているものがこれではたまりません」
泣き出しそうにまでなっていた。悪い感じも源氏にとめさせないで、きれいに結末をつけようと願っていたこの女の意志も尊重しなかったことで、どんなに恨んでいるだろうとさえ源氏は思った。またあの人自身は例の無口なままで物思いを続けていることであろうと想像され
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