貞信公《ていしんこう》を威嚇《いかく》したが、その人の威に押されて逃げた例などを思い出して、源氏はしいて強くなろうとした。
「それでもこのまま死んでしまうことはないだろう。夜というものは声を大きく響かせるから、そんなに泣かないで」
 と源氏は右近に注意しながらも、恋人との歓会がたちまちにこうなったことを思うと呆然《ぼうぜん》となるばかりであった。滝口を呼んで、
「ここに、急に何かに襲われた人があって、苦しんでいるから、すぐに惟光朝臣《これみつあそん》の泊まっている家に行って、早く来るように言えとだれかに命じてくれ。兄の阿闍梨《あじゃり》がそこに来ているのだったら、それもいっしょに来るようにと惟光に言わせるのだ。母親の尼さんなどが聞いて気にかけるから、たいそうには言わせないように。あれは私の忍び歩きなどをやかましく言って止める人だ」
 こんなふうに順序を立ててものを言いながらも、胸は詰まるようで、恋人を死なせることの悲しさがたまらないものに思われるのといっしょに、あたりの不気味さがひしひしと感ぜられるのであった。もう夜中過ぎになっているらしい。風がさっきより強くなってきて、それに鳴る松の
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