て、『こんな傷までもつけられた私は社会へ出られない。あなたに侮辱された小役人はそんなことではいよいよ人並みに上がってゆくことはできない。私は坊主にでもなることにするだろう』などとおどして、『じゃあこれがいよいよ別れだ』と言って、指を痛そうに曲げてその家を出て来たのです。

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『手を折りて相見しことを数ふればこれ一つやは君がうきふし
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 言いぶんはないでしょう』と言うと、さすがに泣き出して、

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『うき節を心一つに数へきてこや君が手を別るべきをり』
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 反抗的に言ったりもしましたが、本心ではわれわれの関係が解消されるものでないことをよく承知しながら、幾日も幾日も手紙一つやらずに私は勝手《かって》な生活をしていたのです。加茂《かも》の臨時祭りの調楽《ちょうがく》が御所であって、更《ふ》けて、それは霙《みぞれ》が降る夜なのです。皆が退散する時に、自分の帰って行く家庭というものを考えるとその女の所よりないのです。御所の宿直室で寝るのもみじめだし、また恋を風流遊戯にしている局《つぼね》の女房を訪《たず
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