いには何よりもたいせつなものを失って、悲しみにくれて以前よりももっと愚劣な者になっているのを思うと、自分らの前生の約束はどんなものであったか知りたいとお話しになって湿っぽい御様子ばかりをお見せになっています」
 どちらも話すことにきりがない。命婦《みょうぶ》は泣く泣く、
「もう非常に遅《おそ》いようですから、復命は今晩のうちにいたしたいと存じますから」
 と言って、帰る仕度《したく》をした。落ちぎわに近い月夜の空が澄み切った中を涼しい風が吹き、人の悲しみを促すような虫の声がするのであるから帰りにくい。

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鈴虫の声の限りを尽くしても長き夜飽かず降る涙かな
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 車に乗ろうとして命婦はこんな歌を口ずさんだ。

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「いとどしく虫の音《ね》しげき浅茅生《あさぢふ》に露置き添ふる雲の上人《うへびと》
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 かえって御訪問が恨めしいと申し上げたいほどです」
 と未亡人は女房に言わせた。意匠を凝らせた贈り物などする場合でなかったから、故人の形見ということにして、唐衣《からぎぬ》と裳《も》の一揃《ひとそろ》え
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