ない不必要なことを饒舌《しゃべ》り出して、それが自分の才能ででもあるような顔をするものだが、この細君は夫の厳《きび》しい教育を受けてか、その性分からか、幸《さいわい》にそういうことは無い人であった。純粋《じゅんすい》な感謝《かんしゃ》の念の籠《こも》ったおじぎを一つボクリとして引退《ひきさが》ってしまった。主人はもっと早く引退ってもよかったと思っていたらしく、客もまたあるいはそうなのか、細君が去ってしまうとかえって二人は解放されたような様子になった。
「君のところへ呼《よ》びに行きはしなかったかネ。もしそうだったら勘弁《かんべん》してくれたまえ。」
「ム。ハハハ。ナニ、ちょうど、話しに来ようと思っていたのサ。」
 主客の間にこんな挨拶が交されたが、客は大きな茶碗《ちゃわん》の番茶をいかにもゆっくりと飲乾《のみほ》す、その間主人の方を見ていたが、茶碗を下へ置くと、
「君は今日最初辞退をしたネ。」
と軽く話し出した。
「エエ。」
と主人は答えた。
「なぜネ。」
「なぜッて。イヤだったからです。」
「御前へ出るのにイヤってことはあるまい。」
 ホンの会話的の軽い非難だったが、答えは急遽《せわ
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