ない人なのである。竜樹や観音に応対した夢を見たなどとは、随分|洒落《しゃれ》ている、洒落た日常を有《も》っていた人で無くては見られない。兎に角これだけの恵心が問目二十七条を撰した。これを支那の知礼法師に示して其答えを得ようというのである。いや、むしろ問を以て教となそうというのだったかも知れない。そこで此を持たせてやるのに、小僧さんの御使では仕方が無い。丁度寂照がかねてから渡宋して霊場参拝しようという念を抱いて居たので、これを托《たく》すことにした。其頃大陸へ渡るということは、今日南氷洋へ出掛けて鯨を取るというよりも大騒ぎなことであった。然し恵心に取っても寂照に取っても、双方共都合のよいことであったから寂照は母の意を問うた上で出ることにした。滄海《そうかい》波遥なる彼邦《かのくに》に吾が児を放ち遣ることは、明日をも知らぬ老いた母に取っては気の楽なことでは無かった。然し母も流石《さすが》に寂照の母であった。恩愛の情は母子より深きは無い、今そなたと別れんことは実《まこと》に悲しけれど、汝《そなた》にして法《のり》のため道のために渡宋せんことは吾《われ》も亦随喜すべきである、我いかで汝の志を奪
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