作、
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今《いま》崖州に到る 事|嗟《なげ》く可し、夢中《むちゅう》常に京華《けいくわ》に在るが如し。
程途《ていと》何ぞ啻《たゞ》一万里のみならん、戸口|都《す》べて無し三百家。
夜は聴く猿《ましら》の孤樹《こじゆ》に啼《な》いて遠きを、暁《あかつき》には看《み》る潮《うしほ》の上《のぼ》って瘴煙《しやうえん》の斜《なゝめ》なるを。
吏人《りじん》は見ず中朝《ちゆうてう》の礼、麋鹿《びろく》 時々 県衙《けんが》に到る。
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かかるところへ、死ねがしに流されたのである。然し其処に在ること三年で、内地へ還《かえ》るを得た時、
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九万里 鵬《ほう》 重ねて海を出で、一千里 鶴《つる》 再び巣《す》に帰る。
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の句をなした。それのみか然様《そう》いう恐ろしいところではあるが、しかし沈香《じんこう》を産するの地に流された因縁で、天香伝一篇を著わして、恵《めぐみ》を後人に貽《おく》った。実に専ら香事を論賛したものは、天香伝が最初であって、そして今に伝わっているのである。かくて香に参した此人の終りは、宋人|魏泰《ぎたい》の東軒筆録に記されている。曰《いわ》く、丁晋公臨終前半月、已《すで》に食《くら》はず、但《ただ》香を焚《た》いて危坐《きざ》し、黙して仏経を誦《じゆ》す、沈香の煎湯《せんたう》を以て時々《じゞ》少許《せうきよ》を呷《あふ》る、神識乱れず、衣冠を正し、奄然《えんぜん》として化し去ると。
底本:「昭和文学全集 第4巻」小学館
1989(平成元)年4月1日初版第1刷
底本の親本:「露伴全集」岩波書店
1978(昭和53)年
※底本では、右寄せ小書きになっている「ノ」と、やや大きく中央に来ている「ノ」が混在していますが、底本の扱いをなぞり、前者のみを訓点送り仮名として処理しました。
入力:kompass
校正:今井忠夫
2003年5月28日作成
2006年5月19日修正
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