ていた。この間に日影の移る一寸一寸、一分一分、一厘一厘が、政元に取っては皆好ましい魔境の現前であったろう歟《か》、業通自在《ぎょうつうじざい》の世界であったろうか、それは傍《はた》からは解らぬが、何にせよ長い長い月日を倦まずに行じていた人だ、倦まぬだけのものを得ていなくては続かぬ訳だった。
 ※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]吉尼天は魔だ、仏《ぶつ》だ、魔でない、仏《ほとけ》でない。※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]吉尼天だ。人心を※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]尽《かんじん》するものだ。心垢《しんく》を※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]尽するものだ。政元はどういう修法をしたか、どういう境地にいたか、更に分らぬ。人はただその魔法を修したるを知るのみであった。
 政元は行水《ぎょうずい》を使った。あるべきはずの浴衣《よくい》はなかった。小姓の波※[#二の字点、1−2−22]伯部《ははかべ》は浴衣を取りに行った。月もない二十三日の夕風は颯《さっ》と起った。右筆《ゆうひつ》の戸倉二郎というものは突《つっ》と跳り込んだ。波※[#二の字点、1−2−22]伯部が帰
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