》に出ている。これは元来が動物質だから食えるものである。で、飯綱は仮名ちがいの擬字《ぎじ》で、これがあるからの飯沙山《いいすなやま》である。そういうちょっと異なものがあったから、古く保食神即ち稲荷なども勧請《かんじょう》してあったかも知れぬ。ところが荼吉尼法は著聞集に、知定院殿《ちていいんでん》が大権坊《だいごんぼう》という奇験の僧によりて修したところ、夢中に狐の生尾《せいび》を得たり、なんどとある通り、古くから行われていたし、稲荷と荼吉尼は狐によって混雑してしまっていた。文徳実録《もんとくじつろく》に見える席田郡《むしろだごおり》の妖巫《ようふ》の、その霊|転行《てんこう》して心を※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]《くら》い、一種|滋蔓《じまん》して、民《たみ》毒害を被る、というのも※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]心の二字が※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]祇尼法の如く思えるところから考えると、なかなか古いもので、今昔物語に外術《げじゅつ》とあるものもやはり外法と同じく※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]祇尼法らしいから、随分と索隠行怪《さくいんこうか
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