している。忍術というのは明治になっては魔法妖術という意味に用いられたが、これは戦乱の世に敵状を知るべく潜入密偵するの術で、少しは印《いん》を結び咒《じゅ》を持する真言宗様《しんごんしゅうよう》の事をも用いたにもせよ、兵家《へいか》の事であるのがその本来である。合気の術は剣客武芸者等の我が神威を以て敵の意気を摧《くじ》くので、鍛錬した我が気の冴《さえ》を微妙の機によって敵に徹するのである。正木《まさき》の気合《きあい》の談《はなし》を考えて、それが如何なるものかを猜《さい》することが出来る。魔法の類ではない。妖術幻術というはただ字面《じめん》の通りである。しかし支那流の妖術幻術、印度流の幻師の法を伝えた痕跡はむしろ少い。小角《しょうかく》や浄蔵《じょうぞう》などの奇蹟は妖術幻術の中には算《さん》していないで、神通道力というように取扱い来っている。小角は道士羽客《どうしうかく》の流にも大日本史などでは扱われているが、小角の事はすべて小角死して二百年ばかりになって聖宝《しょうぼう》が出た頃からいろいろ取囃《とりはや》されたもので、その間に二百年の空隙があるから、聖宝の偉大なことやその道としたところはおよそ認められるが、小角が如何なるものであったかは伝説化したるその人において認めるほかはないのである。聖宝は密教の人である。小角は道家ではない。勿論道家と仏家は互に相奪っているから、支那において既に混淆しており、従って日本においても修験道の所為《しょい》など道家くさいこともあり、仏家が「九字」をきるなど、道家の咒《じゅ》を用いたり、符※[#「竹かんむり/(金+碌のつくり)」、第3水準1−89−79]《ふろく》の類を用いたりしている。神仏混淆は日本で起り、道仏混淆は支那で起り、仏法|婆羅門《ばらもん》混淆は印度で起っている。何も不思議はない。ただここでは我邦でいう所の妖術幻術は別に支那印度などから伝えた一系統があるのではなくて、字面だけの事だというのである。
さて「げほう」というのになる。これは眩法《げんほう》か、幻法か、外法《げほう》か、不明であるが、何にせよ「げほう」という語は中古以来行われて、今に存している。増鏡《ますかがみ》巻五に、太政大臣|藤原公相《ふじわらきみすけ》の頭が大きくて大でこで、げほう好みだったので、「げはふとかやまつるにかゝる生頭《なまこうべ》のいることにて、某《それがし》のひじりとかや、東山のほとりなりける人取りてけるとて、後《のち》に沙汰がましく聞えき」という事があって、まだしゃれ頭にならない生頭を取られたというのである。して見ればこの人の薨去《こうきょ》は文永四年で北条|時宗《ときむね》執権の頃であるから、その時分「げほう」と称する者があって、げほうといえば直《ただち》に世人がどういうものだと解することが出来るほど一般に知られていたのである。内典《ないてん》外典《げてん》というが如く、げほうは外法《げほう》で、外道《げどう》というが如く仏法でない法の義であろうか。何にせよ大変なことで、外法は魔法たること分明だ。その後になっても外法頭《げほうあたま》という語はあって、福禄寿《ふくろくじゅ》のような頭を、今でも多分京阪地方では外法頭というだろう、東京にも明治頃までは、下駄の形の称に外法というのがあった。竹斎《ちくさい》だか何だったか徳川初期の草子《そうし》にも外法あたまというはあり、「外法の下り坂」という奇抜な諺《ことわざ》もあるが、福禄寿のような頭では下り坂は妙に早かろう。
流布本太平記巻三十六、細川|相模守清氏《さがみのかみきようじ》叛逆の事を記した段に、「外法成就の志一上人《しいつしょうにん》鎌倉より上《のぼ》つて」云※[#二の字点、1−2−22]とある。神田本同書には、「此《この》志一上人はもとより邪天道法成就の人なる上、近頃鎌倉にて諸人|奇特《きとく》の思《おもい》をなし、帰依《きえ》浅からざる上、畠山入道《はたけやまにゅうどう》諸事深く信仰|頼入《たのみい》りて、関東にても不思議ども現じける人なり」とある。清氏はこの志一を頼んで、※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]祇尼天《だぎにてん》に足利義詮《あしかがよしあきら》を祈殺《いのりころ》そうとの願状《がんじょう》を奉ったのである。さすれば「邪天道法成就」というのは、※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]祇尼天を祈る道法成就ということで、志一という僧はその法で「ふしぎども現じける」ものである。これで当時外法と呼んだものは※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]祇尼天法であることが知れる。けだし外法は平安朝頃から出て来たらしい。
狐つかいは同じく※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]祇尼法であるか知れぬ。しかし狐を霊物とするのは支那にも
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