ねえが、それでも帰るに若干銭《なにがし》か握《つか》んで家《うち》へ入《へ》えるならまだしもというところを、銭に縁のあるものア欠片《かけら》も持たず空腹《すきっぱら》アかかえて、オイ飯を食わしてくれろッてえんで帰っての今朝《けさ》、自暴《やけ》に一杯《いっぺえ》引掛《ひっか》けようと云やあ、大方|男児《おとこ》は外へも出るに風帯《ふうてえ》が無くっちゃあと云うところからのことでもあろうが、プッツリとばかりも文句無しで自己《おの》が締めた帯を外《はず》して来ての正宗《まさむね》にゃあ、さすがのおれも刳《えぐ》られたア。今ちょいと外面《おもて》へ汝《てめえ》が立って出て行った背影《うしろかげ》をふと見りゃあ、暴《あば》れた生活《くらし》をしているたア誰《た》が眼にも見えてた繻子《しゅす》の帯、燧寸《マッチ》の箱のようなこんな家に居るにゃあ似合わねえが過日《こねえだ》まで贅《ぜい》をやってた名残《なごり》を見せて、今の今まで締めてたのが無くなっている背《うしろ》つきの淋《さみ》しさが、厭《いや》あに眼に浸《し》みて、馬鹿馬鹿しいがホロリッとなったア。世帯《しょたい》もこれで幾度《いくたび》か
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